albatros blog

広田修の書評とエッセイ

海外文学

シルヴィー・ジェルマン『小さくも重要ないくつもの場面』(白水社)

小さくも重要ないくつもの場面 (エクス・リブリス) 作者:シルヴィー・ジェルマン 白水社 Amazon 人生にはこんなにも詩的な場面が多数訪れるのだということを、印象的に描いた作品。ヒロインの複雑な家庭事情や波乱万丈な生涯もさることながら、作品の構成と…

イーディス・ウォートン『イーサン・フロム』(白水社)

イーサン・フロム (白水Uブックス 253) 作者:イーディス・ウォートン 白水社 Amazon 苦難の中にあってもやはり青春は美しいのだということを書いた小説だと思う。主人公は、親の介護があったり、妻が病気にかかったりしながらも、小間使いの少女との恋愛に心…

サマル・ヤズベク『歩き娘』(白水社)

歩き娘:シリア・2013年 作者:サマル・ヤズベク 白水社 Amazon 本書はシリア危機下の紛争状況における一人の若い娘の不自由な生活を実際の出来事をもとに小説にしたものである。本書は、紛争や戦争というものが、いかに人工的に自然的な自由を抑圧するかにつ…

ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』(白水社)

灯台守の話 (白水Uブックス175) 作者:ジャネット ウィンターソン 白水社 Amazon なぜ悲しいことは同時に美しいのだろう。なぜ孤独は特権的に美しいのだろう。そのようなことを改めて考えさせられた。ヒロインは公式の出生の記録のない孤児であり、同じく孤独…

閻連科『中国のはなし』(河出書房新社)

中国のはなし: ――田舎町で聞いたこと 作者:閻 連科 河出書房新社 Amazon 形式が美しい。プロットが非常に整然と出来上がっており、その見事さを味わった。息子が親父を殺したいという妄念に取りつかれ、親父は妻を殺したいという妄念に取りつかれ、妻は息子…

フローベール『三つの物語』(光文社古典新訳文庫)

三つの物語 (光文社古典新訳文庫) 作者:フローベール 光文社 Amazon 素朴な人を扱った作品、波乱万丈な人生を送った聖人を扱った作品、サロメに題を取った作品が収められている。フローベールは19世紀の作家なので、現代の視点から鑑賞することには一定の…

ダニイル・ハルムス『ハルムスの世界』

ハルムスの世界 (白水Uブックス) 作者:ダニイル・ハルムス 白水社 Amazon 不条理と暴力と死の作品群。ごく当然のように不条理に暴力がやってきて、不条理に人が死ぬ。日常とは違った異世界において、日常の深淵をのぞくような不思議な読書体験をすることがで…

パク・ソルメ『もう死んでいる十二人の女たちと』

もう死んでいる十二人の女たちと (エクス・リブリス) 作者:パク・ソルメ 白水社 Amazon 韓国の新しい才能である。とはいってもフェミニズム文学ではなく、どこか日本の現代文学を思わせるような、奇妙で恐怖を呼ぶ作品が並ぶ。小川洋子や村田沙耶香など、日…

甘燿明『真の人間になる』

真の人間になる(上) (エクス・リブリス) 作者:甘耀明 白水社 Amazon 真の人間になる(下) (エクス・リブリス) 作者:甘耀明 白水社 Amazon 台湾原住民族の主人公が、第二次世界大戦の時期、日本軍の占領のもと少年時代を送ったり、敗戦後に米軍の墜落機を…

ロブ・グリエ『弑逆者』

弑逆者 作者:アラン・ロブ=グリエ 白水社 Amazon 孤島に住み工場で働く若者の異様なほどまで感受性が研ぎ澄まされた日常。国家の政治的な動きも進む中、些細なことで自らの内奥まで突き刺されるかのような描写が並ぶ。この憂鬱で鋭い日々。独特の雰囲気を醸…

ヨン・フォッセ『だれか、来る』

だれか、来る 作者:ヨン・フォッセ 白水社 Amazon 読後の衝撃が強かった。ただ家を買ってそこに住み始め、そこにその家の昔の持ち主の家族が来るというだけのストーリーなのだけれど、プロットの巧みさゆえに、とんでもない不穏さが醸し出されている。恋人同…

ウエルベック『素粒子』

素粒子 (ちくま文庫 う 26-1) 作者:ミシェル ウエルベック 筑摩書房 Amazon 本作でウエルベックは目くるめく文学体験を創出している。本作を読むということは、まさに文学でしか得られない快楽を得るということだと思う。そこには恍惚があり、消尽がある。現…

ベルンハルト・シュリンク『別れの色彩』

別れの色彩 (新潮クレスト・ブックス) 作者:ベルンハルト・シュリンク 新潮社 Amazon シュリンクの文体はとても厳密で力があり、文章を読むだけで快楽を感じるほどである。彼の文体は一つ一つの出来事を冷酷に切断するような決然とした様があり、それが本書…

ロジェ・グルニエ『長い物語のためのいくつかの短いお話』

長い物語のためのいくつかの短いお話 作者:ロジェ・グルニエ 白水社 Amazon 徹頭徹尾、読者へのサービス精神に満ちた作品群だ。しかもこれが著者の最晩年に書かれたということに驚嘆する。グルニエは最後まで読者のために小説を書いた。これはある意味驚くべ…

バーナード・ゴットフリード『アントンが飛ばした鳩』

アントンが飛ばした鳩:ホロコーストをめぐる30の物語 作者:バーナード・ゴットフリード 白水社 Amazon ホロコーストで両親を失い、近親者で生き残りは姉だけ、それも生きているかどうかはっきりしない。バイオリン奏者としてデビューしようとしていた矢先ナ…

アグアルーザ『過去を売る男』

過去を売る男 (エクス・リブリス) 作者:ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ 白水社 Amazon 長年にわたる内戦が終わり、アンゴラでは新たな富裕層が生まれた。だが彼らには由緒正しい家計がなかった。富裕層の客に対して由緒正しい家計を偽造する仕事をする…

アグアルーザ『忘却についての一般論』

忘却についての一般論 (エクス・リブリス) 作者:ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ 白水社 Amazon アンゴラでの内戦の状況において、閉ざされた空間で27年間を生き延びた女性の物語。アンゴラでは長年ポルトガルの支配下にあったが、解放闘争が激化し、…

アン・エンライト『グリーン・ロード』

グリーン・ロード (エクス・リブリス) 作者:アン・エンライト 白水社 Amazon ある家庭に生まれてそれぞれの人生を歩んでいたきょうだいたちが、生まれ育った家が売りに出されるとのことで、母親のもとに再び集う。この小説は、そのような、人と人との離合集…

クッツェー『イエスの幼子時代』

イエスの幼子時代 作者:J・M・クッツェー 早川書房 Amazon どこから来たかわからない船に乗ってこの管理された大陸に人々はやってくる。人々はそれまでの記憶をほとんど持たず、この大陸において仕事や人間関係を新たに作り出していかなければならない。イエ…

閻連科『四書』

四書 作者:閻 連科 岩波書店 Amazon 知識人たちを強制労働させたり、農業や産業の大躍進政策を進めたりした中国のある神話的時期のお話。ここに描かれているのは、迫害を受けながらもあくまで大地とともに生きる更生区の人々の生々しい体験であるが、その体…

レイモンド・カーヴァー『大聖堂』

大聖堂 (村上春樹翻訳ライブラリー) 作者:レイモンド カーヴァー 中央公論新社 Amazon ここには、群衆にまみれ、生活にまみれ、受動的に敗北的に生きるありふれた中間層の日常がある。なるがままになる、そういうあきらめを感じさせ、ある意味での無常感のよ…

ナターシャ・ヴォーディン『彼女はマリウポリからやってきた』

彼女はマリウポリからやってきた 作者:ナターシャ・ヴォーディン 白水社 Amazon 自らの出自を辿る物語。主に自分の母親のルーツを探る過程の物語だ。少ない写真と書類とおぼろげな記憶をもとに、調査組織の手助けを受けて自らの母親がどういう家族構成を持っ…

アリ・スミス『夏』

夏 (新潮クレスト・ブックス) 作者:アリ・スミス 新潮社 Amazon アリ・スミスの4部作の最終編。EU離脱という出来事を率直にストレートに描いてしまえば無機質で短い文章で終わってしまう。そうではなく、極めて遠回りに、たくさんの言葉やレトリックを駆使…

アリ・スミス『春』

春 (新潮クレスト・ブックス) 作者:アリ・スミス 新潮社 Amazon イギリスのEU離脱をめぐる4部作の一冊目。本作では文学と政治が混交している。文学でありながら同時に政治であり、政治でありながら同時に文学であるのだ。文学の原理であるストーリーや感情…

アリ・スミス『両方になる』

両方になる (新潮クレスト・ブックス) 作者:スミス,アリ 新潮社 Amazon なんというか、二項対立的な認識だったり図式的な認識だったり、そういうものを絶えず突き崩しながら常に新しいものを作り出していこうという感じのエキサイティングな本。男女、現在と…

デニス・ジョンソン『海の乙女の惜しみなさ』

海の乙女の惜しみなさ 作者:デニス・ジョンソン 白水社 Amazon 老いや病、死といったテーマをユーモアを交えながら描いている。予兆された不幸な未来として、重く鋭く刺さってくる作品が多い。そのようなテーマを扱いながら、ユーモアにより人生の毒を解毒し…

ジョーン・エイキン『ルビーが詰まった脚』

ルビーが詰まった脚 作者:ジョーン・エイキン 東京創元社 Amazon 不思議な感覚を伴う物語だ。日本文学に慣れ親しんだものからすると、これこそエキゾチックな文学だと思うだろう。だが、ここにあるのは異国性というよりは話の性質によるエキゾチシズムなのだ…

バイヤーニ『家の本』

家の本 (エクス・リブリス) 作者:アンドレア・バイヤーニ 白水社 Amazon 人間の人生を家を主人公として語っている異色の小説。断章形式で形成されているが、それぞれの断章は「○○年○○の家」という見出しで、家を主語としてそこで展開される物語が描かれる。…

ムージル『寄宿生テルレスの混乱』

寄宿生テルレスの混乱 (光文社古典新訳文庫) 作者:ムージル 光文社 Amazon 人生を微細に感受し微細に表現したみずみずしい作品。若さゆえの感受性の鋭さと混乱があり、その機微をとらえているところに作品のひらめきを感じた。文学者の資質というものは、ま…

閻連科『年月日』

年月日 (白水Uブックス) 作者:閻連科 白水社 Amazon 小説全体が人生を比喩しているという意味で、ヘミングウェイの『老人と海』に比肩するくらいの名作である。『老人と海』が老人と魚の戦いによって人生の挫折と努力を描いたとするならば、本作はそれに加え…