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広田修の書評とエッセイ

海外文学

残雪『突囲表演』(河出書房新社)

突囲表演 (河出文庫) 作者:残雪 河出書房新社 Amazon 社会がカオスであることを、ある男女の姦通をめぐるゴシップでもって示している。この男女というものが、そもそも年齢について奇怪極まる諸説紛々があったり、外見について奇怪極まる諸説紛々があったり…

ソン・ウォンピョン『アーモンド』(祥伝社)

アーモンド 作者:ソン・ウォンピョン 祥伝社 Amazon いつもとは毛色の違う本を一冊。本屋大賞の本だと知っていたら借りなかったと思う。いつも純文学ばかり読んでいると、こういうライトな本はとても物足りない。私が思うのは、大衆文学と純文学の違いはどこ…

ハン・ガン『別れを告げない』(白水社)

別れを告げない 作者:ハン・ガン 白水社 Amazon ハン・ガンの小説は痛みに満ちている。それは個人の感受性の痛みであったり、個人の肉体の痛みであったり、社会の痛みであったり、世界の痛みであったりする。そのように次元の異なる痛みが互いに構造を作って…

アブドゥルラザク・グルナ『楽園』(白水社)

楽園 (グルナ・コレクション) 作者:アブドゥルラザク・グルナ 白水社 Amazon 本書は、東アフリカの文化や歴史、人々の思想や生活を伝えてくる淡々とした小説である。日本とは大幅に異なるその社会の構造や人々の振る舞いについていろいろと学ぶところの多い…

ジョゼ・サラマーゴ『見ること』(河出書房新社)

見ること 作者:ジョゼ・サラマーゴ 河出書房新社 Amazon 政府と人民との争いが、ものすごく精緻に描かれている。この記述の密度は圧倒的であり、権力側と人民側が軋轢を起こすだけでものすごくたくさんの出来事が起こるということがありありと伝わってくる。…

ハン・ガン『引き出しに夕方をしまっておいた』(クオン)

引き出しに夕方をしまっておいた (セレクション韓・詩) 作者:ハン・ガン CUON Amazon ノーベル賞受賞者のハン・ガンの詩集である。静寂が語りだすとまさにこんな言葉になるのではないかという言葉たちだ。沈黙を言葉にするとまさにこんな言葉になる。不在、…

アニー・エルノー『場所』(早川書房)

場所 作者:アニー エルノー 早川書房 Amazon アニー・エルノーは、この小説で自らの父親の輪郭を上手に描き出している。学問を嫌い、世間体を気にし、他人から見られても恥のないように気を配っていた父親の姿を、まことに輪郭をくっきり際立たせて描いてい…

アニー・エルノー『シンプルな情熱』(早川書房)

シンプルな情熱 (ハヤカワepi文庫) 作者:アニー エルノー 早川書房 Amazon 本書は、アニー・エルノーが自らの恋愛について事細やかに描いた作品である。アニーの作品には誠実さと明晰さが見て取られる。誠実さによって相手と真摯に向き合い、相手との距離を…

アニー・エルノー『ある女』(早川書房)

ある女 作者:アニー エルノー 早川書房 Amazon アニー・エルノーによる自身の母親の生涯。一人の人間が生きる、その人生が存在するというだけで、とてつもない熱量・エネルギーが放出されるのだということに気付かされる。本作は、母親の生涯を丁寧に生々し…

アニー・エルノー『若い男、もうひとりの娘』(早川書房)

若い男/もうひとりの娘 作者:アニー エルノー 早川書房 Amazon 簡潔な文体によって他者を多角的にしなやかに描いている。著者はきわめて強靭な精神を持っており、他者と真摯に向き合い、その他者とのかかわりをありとあらゆる角度から描いていく。若い男に…

ヨン・フォッセ『朝と夕』(国書刊行会)

朝と夕 作者:ヨン・フォッセ 国書刊行会 Amazon 本書は、さながらクラシック音楽の一幕を聴くかのような圧倒的な出来栄えの作品だった。ヨハネスの誕生については幾分速めで感動的な楽章。ヨハネスの日常生活についてはなだらかでリラックスできる楽章。ヨハ…

ヴァージニア・ウルフ『波』(早川書房)

波〔新訳版〕 作者:ヴァージニア・ウルフ 早川書房 Amazon モダニズムの手法の一つとして分析があると思う。本作は分析の手法を最大限に生かし、文学の異化作用を如実に発揮させている作品である。波や若者たちの暮らしがいろんな角度から分析され、通常とは…

ハン・ガン『ギリシャ語の時間』(晶文社)

ギリシャ語の時間 作者:ハン・ガン 晶文社 Amazon 言葉を失う女性と視力を失うギリシャ語教師との物語。女性は言葉だけでなく自らの子供も裁判で失ってしまうし、教師はかつて親友を失っている。とにかく喪失の物語だ。我々は存在が完全であることにより自尊…

ハン・ガン『そっと 静かに』(クオン)

そっと 静かに (新しい韓国の文学 18) 作者:ハン・ガン,古川 綾子 CUON Amazon 本書はハン・ガンによる、ポピュラーソングをめぐるエッセイ集である。我々は、ポピュラーソングに愛着を持つと同時に、ポピュラーソングと人生の一時期が結びついており、お気…

ハン・ガン『すべての、白いものたちの』(河出文庫)

すべての、白いものたちの (河出文庫) 作者:ハン・ガン 河出書房新社 Amazon 白という色は、決して派手ではないが美しい。その美しさは、微細な顫えを周りに伝えていくかのような、そして周りがその美しさに共に顫えていくような、そういう美しさだ。生まれ…

トーン・テレヘン『おじいさんに聞いた話』(新潮社)

おじいさんに聞いた話 (新潮クレスト・ブックス) 作者:トーン・テレヘン 新潮社 Amazon 人間というものは、体験を経て年を経るごとに、どんどん掌編小説集として充実していくものだと思った。人間は出来事を物語のスキームで認識するから、自分の経験も基本…

サンダー・コラールト『ある犬の飼い主の一日』(新潮社)

ある犬の飼い主の一日 (新潮クレスト・ブックス) 作者:サンダー・コラールト 新潮社 Amazon 本作は、虚構でありながら現実の我々の人生に肉薄してくる、寄り添ってくる作品である。主人公はどこにでもいる平凡な人間であり、その平凡な人間の平凡な生活が記…

エミネ・セヴギ・エヅダマ『母の舌』(白水社)

母の舌 (エクス・リブリス) 作者:エミネ・セヴギ・エヅダマ 白水社 Amazon 本作は、政治的混乱から免れるためトルコからドイツへと移住してきた女性を主人公としている。この移民の問題は実に複雑な問題系を形成しているのだということが本書を読むと分かる…

ジュリー・オオツカ『スイマーズ』(新潮社)

スイマーズ新潮社ジュリーオオツカ(単行本(ソフトカバー)) ノーブランド品 Amazon 本作は、運動用プールにおける情景や、認知症になった母親の在り方について、非常に繊細かつ詳細に描写している美しい本である。具体性が際立っており、羅列されていく詳…

呉明益『眠りの航路』(白水社)

眠りの航路 (エクス・リブリス) 作者:呉明益 白水社 Amazon 本作は、人間に根源的にひそめられた暴力について書いているように思える。睡眠のリズムが狂い、睡眠時の行動障害が現れるようになった主人公と、主人公の父、主人公が見る不条理な夢、それぞれの…

クオ・チャンシェン『ピアノを尋ねて』(新潮社)

ピアノを尋ねて (新潮クレスト・ブックス) 作者:クオ・チャンシェン 新潮社 Amazon どんな喪失があろうとも人生は残酷に続いていく。調律師はかつて天才ピアニストだったが挫折している。林サンは妻を亡くしている。そのような大きな喪失があっても、なお人…

ヨン・フォッセ『三部作』(白水社)

三部作【トリロギーエン】 作者:ヨン・フォッセ 早川書房 Amazon ヨン・フォッセの作品には崇高を感じる。その文体的緊密さと張りつめた緊張、矛盾や不条理が、我々の想像力を超えた力を持っていて、そのスケールの大きさが崇高の感情を生むのである。初めに…

ローベルト・ゼーターラー『ある一生』(新潮社)

ある一生 (Shinchosha CREST BOOKS) 作者:ローベルト・ゼーターラー 新潮社 Amazon この主人公の人生には、裸形の人生がある。思想や理論で武装されていない素裸の人生がある。邪念もなければ復讐もない。ただ起きた出来事をすべてありのまま受け入れる。だ…

ニコール・クラウス『フォレスト・ダーク』(白水社)

フォレスト・ダーク (エクス・リブリス) 作者:ニコール・クラウス 白水社 Amazon 人生は唯一無二ではないのではないかと思わせてくれる小説。本作の二人の登場人物は、いずれもそれまでの人生を一度リセットして二つ目の人生を歩もうとする。たった一度の人…

シルヴィー・ジェルマン『小さくも重要ないくつもの場面』(白水社)

小さくも重要ないくつもの場面 (エクス・リブリス) 作者:シルヴィー・ジェルマン 白水社 Amazon 人生にはこんなにも詩的な場面が多数訪れるのだということを、印象的に描いた作品。ヒロインの複雑な家庭事情や波乱万丈な生涯もさることながら、作品の構成と…

イーディス・ウォートン『イーサン・フロム』(白水社)

イーサン・フロム (白水Uブックス 253) 作者:イーディス・ウォートン 白水社 Amazon 苦難の中にあってもやはり青春は美しいのだということを書いた小説だと思う。主人公は、親の介護があったり、妻が病気にかかったりしながらも、小間使いの少女との恋愛に心…

サマル・ヤズベク『歩き娘』(白水社)

歩き娘:シリア・2013年 作者:サマル・ヤズベク 白水社 Amazon 本書はシリア危機下の紛争状況における一人の若い娘の不自由な生活を実際の出来事をもとに小説にしたものである。本書は、紛争や戦争というものが、いかに人工的に自然的な自由を抑圧するかにつ…

ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』(白水社)

灯台守の話 (白水Uブックス175) 作者:ジャネット ウィンターソン 白水社 Amazon なぜ悲しいことは同時に美しいのだろう。なぜ孤独は特権的に美しいのだろう。そのようなことを改めて考えさせられた。ヒロインは公式の出生の記録のない孤児であり、同じく孤独…

閻連科『中国のはなし』(河出書房新社)

中国のはなし: ――田舎町で聞いたこと 作者:閻 連科 河出書房新社 Amazon 形式が美しい。プロットが非常に整然と出来上がっており、その見事さを味わった。息子が親父を殺したいという妄念に取りつかれ、親父は妻を殺したいという妄念に取りつかれ、妻は息子…

フローベール『三つの物語』(光文社古典新訳文庫)

三つの物語 (光文社古典新訳文庫) 作者:フローベール 光文社 Amazon 素朴な人を扱った作品、波乱万丈な人生を送った聖人を扱った作品、サロメに題を取った作品が収められている。フローベールは19世紀の作家なので、現代の視点から鑑賞することには一定の…