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広田修の書評とエッセイ

海外文学

ガルシン『あかい花』

あかい花―他四篇 (1959年) (岩波文庫) 作者:ガルシン Amazon 精神病や戦争、権力による抑圧の悲惨さを告発した小説。小説の良いところは新聞記事とは異なり、そこに無駄な細部があるということである。その無駄な細部こそが、苦しんでいる人の置かれた状況や…

フーケー『水妖記』

水妖記―ウンディーネ (岩波文庫 赤 415-1) 作者:フーケー 岩波書店 Amazon 人間と妖精との間の恋愛悲劇。ドイツでは「若きヴェルターの悩み」と同じくらいよく読まれている古典だそうである。騎士は水の精と恋に落ち結婚するが、相手の素性などがわかるにつ…

プルースト『楽しみと日々』

楽しみと日々 (岩波文庫) 作者:プルースト 岩波書店 Amazon 『失われた時を求めて』で著名なマルセル・プルーストの初期作品集。全体的に装飾的なぜいたく品というイメージの文章群だ。緻密で繊細でありながら装飾的で実存から遠く離れている言葉たち。これ…

ミシェル・トゥルニエ『聖女ジャンヌと悪魔ジル』

聖女ジャンヌと悪魔ジル (白水Uブックス―海外小説の誘惑) 作者:ミシェル・トゥルニエ 白水社 Amazon 本小説は、ジャンヌ・ダルクとともに戦い、彼女に恋をし、彼女が火に焼かれるのを目撃して気が狂ってしまったジルの物語である。狂気について書かれている…

呉明益『自転車泥棒』

自転車泥棒 (文春文庫 コ 21-1) 作者:呉 明益 文藝春秋 Amazon 一台の自転車をめぐって台湾の歴史と日本の歴史に踏み込んでいく壮大な物語である。自転車の歴史に関する詳細な記述、蝶細工の歴史に関する詳細な記述、戦争の記述など、綿密な取材に基づく歴史…

キプリング『プークが丘の妖精パック』

プークが丘の妖精パック (光文社古典新訳文庫) 作者:キプリング 光文社 Amazon イギリスのノーベル文学賞作家であるキプリングの冒険譚。イングランドの歴史をさかのぼり、過去の英雄を呼び出してその冒険について語らせる。英雄たちが活躍していた時代は剣…

シュペルヴィエル『海に住む少女』

海に住む少女 (光文社古典新訳文庫) 作者:シュペルヴィエル 光文社 Amazon シュルレアリスムともとれる幻想的な短編集。作品世界の制作において現実世界とは異なるルールを作り、幻想的な飛躍を生み出す。そしてその幻想的な世界で生きる人間たちはとてもリ…

ルイーズ・グリュック『野生のアイリス』

野生のアイリス 作者:ルイーズ・グリュック KADOKAWA Amazon 2020年のノーベル文学賞を受賞した詩人の一番著名な詩集。特に目立った技巧があるわけでもないし、特に斬新な認識があるわけでもないが、作品世界の構築の仕方にすごさを感じる。庭とそこにお…

ゴットヘルフ『黒い蜘蛛』

黒い蜘蛛 (岩波文庫) 作者:ゴットヘルフ 岩波書店 Amazon 19世紀に書かれた小説なので、いわゆる「古典」といった部類かと思ったらかなりエンタメ要素の強いホラー小説である。領主の無茶な要求に困り果てた村人が悪魔と契約し、契約を履行しないことから…

モディアノ『パリ 環状通り』

パリ環状通り 新装版 作者:パトリック・モディアノ 発売日: 2014/12/05 メディア: 単行本 主人公はかつて別れてしまった自らの父との接触を試みる。父は相変わらず詐欺じみた稼業に手を染めていて、仲間たちからも軽く扱われている。主人公がかつて父ととも…

ポール・オースター『オラクル・ナイト』

オラクル・ナイト 作者:ポール オースター メディア: 単行本 ポール・オースターの作品は初めて読んだ。物語の主要な筋としては、事故にあって回復途中の作家がまだ健康を取り戻していないのに妻が妊娠して出産をどうするか葛藤がある。その後妻は暴行を受け…

モディアノ『失われた時のカフェで』

失われた時のカフェで 作者:パトリック・モディアノ 発売日: 2011/05/02 メディア: 単行本 ルキという謎の女性をめぐる多角的な断章集。彼女を愛する様々な男性、そして彼女自身によりルキの謎は少しずつ明かされていくがそれでも全容はつかめない。それぞれ…

キーツ『ゆきのひ』

ゆきのひ (偕成社の新訳えほん―キーツの絵本) 作者:エズラ=ジャック=キーツ メディア: 大型本 雪の日、子どもは大喜びする。世界がまるで違ったものに変わるからだ。雪の日、世界は可塑的で幻想的になる。それまで触れることを拒んでいた世界が、線をつけた…

レッシング『賢人ナータン』

賢人ナータン (岩波文庫 赤 404-2) 作者:レッシング 発売日: 1958/08/05 メディア: 文庫 宗教的寛容を唱えた古典的名作。ユダヤ人の豪商ナータン、イスラム教のスルタン、キリスト教の総大司教などが登場し、ユダヤ教とイスラム教とキリスト教の間の葛藤が展…

ジイド『法王庁の抜け穴』

法王庁の抜け穴 (岩波文庫 赤 558-3) 作者:アンドレ・ジイド 発売日: 1928/10/20 メディア: 文庫 アンドレ・ジイドといえば、『狭き門』や『田園交響楽』といった「愛と信仰」をテーマにした作品が有名である。それに対して本作は全く俗っぽく、現実社会の愚…

グリルパルツェル『ザッフォオ』

ザッフォオ (岩波文庫) 作者:グリルパルツェル 発売日: 1953/07/05 メディア: 文庫 古代ギリシアの女流詩人サッフォーに材をとった戯曲。ザッフォオは詩人として栄光を手に入れている。だが、自分が愛する男は別の若くて美しい女に恋をし、苦悶の末ザッフォ…

タナハシ・コーツ『世界と僕のあいだに』

世界と僕のあいだに 作者:タナハシ・コーツ,Ta-Nehisi Coates 発売日: 2017/02/07 メディア: 単行本 黒人である著者が息子にあてた手紙の形式をとっている。内容としては著者の半生についての自分語りである。著者がストリートなどの劣悪な環境の中でいかに…

ロンドン『白い牙』

白い牙 (光文社古典新訳文庫) 作者:ロンドン 発売日: 2013/12/20 メディア: Kindle版 本小説では、オオカミが生まれ、母と暮らし、荒野で生き延び、人間に買われて闘犬になったり橇の犬になったり、最後には飼いならされたりした際のオオカミの内面を言語化…

ジュリー・オオツカ『屋根裏の仏さま』

屋根裏の仏さま (新潮クレスト・ブックス) 作者:オオツカ,ジュリー 発売日: 2016/03/28 メディア: ペーパーバック 今から100年前、戦前に「写真花嫁」としてアメリカへ渡った日本人女性たちの受難の書。彼女たちは、アメリカで夫に嫁ぐつもりで夫の写真を…

ナサニエル・ウェスト『孤独な娘』

孤独な娘 (岩波文庫) 作者:ナサニエル・ウェスト 発売日: 2013/05/17 メディア: 文庫 本作は、新聞のお悩み相談欄を担当する「孤独な娘」が実は本人も悩みを抱えていた、という物語である。新聞には毎日のように病気や人間関係などに起因するお悩み事が寄せ…

ジョージ・オーウェル『動物農場』

動物農場: おとぎばなし (岩波文庫) 作者:ジョージ オーウェル 発売日: 2009/07/16 メディア: 文庫 スターリン独裁体制を批判した小説。政治の世界でいかにおぞましいことが行われようと、それが新聞の言葉で語られるといまいち実感がわかない。だがそれが小…

バタイユ『マダム・エドワルダ/目玉の話』

マダム・エドワルダ/目玉の話 (光文社古典新訳文庫) 作者:バタイユ 発売日: 2014/06/13 メディア: Kindle版 思想家としてのバタイユについては何冊か本を読んでいるが、小説家としてのバタイユの作品を読むのは初めてである。だが、これらの作品は俗悪なポ…

マンディアルグ『オートバイ』

オートバイ (白水Uブックス (54)) 作者:A.ピエール・ド・マンディアルグ 発売日: 1984/01/01 メディア: 新書 本書は19歳の若いヒロインがオートバイに乗って不倫の恋人に会いに行く、そういう筋書きである。オートバイに乗っているときの周囲の状況やオー…

ユルスナール『東方綺譚』

東方綺譚 (白水Uブックス (69)) 作者:マルグリット・ユルスナール 発売日: 1984/12/01 メディア: 単行本 フランスから見て東方、アジアや東欧に材を取った説話的な短編小説集。中には源氏物語に材を取ったものもある。ここに見て取れるのはユルスナールの文…

ロジェ・グルニエ『編集室』

編集室 (白水uブックス―海外小説の誘惑) 作者:ロジェ グルニエ 発売日: 2002/08/01 メディア: 新書 ロジェ・グルニエが若いころの記者体験をもとに、様々な個性的な記者や人物を配置して鋭利に物語を刻んでいる本である。記者たちは社会人として一様な動きを…

マンディアルグ『薔薇の葬儀』

薔薇の葬儀 (白水uブックス―海外小説の誘惑) 作者:アンドレ・ピエール・ド マンディアルグ 発売日: 2001/07/01 メディア: 新書 マンディアルグの小説は通俗的に言ってしまうと「エロ・グロ」の世界である。だが、彼の小説は「エロ・グロ」を目的としているわ…

ピョン・ヘヨン『モンスーン』

モンスーン (エクス・リブリス) 作者:ピョン・ヘヨン 発売日: 2019/08/02 メディア: 単行本 ピョン・ヘヨンは非常に簡潔な文体で日常に潜むホラーや不条理を描いている。我々一人ひとり、ただ日常生活を送っているだけでいつの間にか「たいへんな」事態に巻…

ジュリアン・グラック『アルゴールの城にて』

アルゴールの城にて (白水Uブックス) 作者:グラック,ジュリアン,ジュリアン・グラック 発売日: 1989/05/01 メディア: 新書 ジュリアン・グラックのこの小説は、さながら一つの交響曲のように華やかに奏でられていく。美しい女性であったり楽しい会話であった…

ジュリアン・バーンズ『終わりの感覚』

終わりの感覚 (新潮クレスト・ブックス) 作者:ジュリアン バーンズ 発売日: 2012/12/01 メディア: ペーパーバック 2011年ブッカー賞受賞作。思索的で香気のある文体をもつ純文学でありながら、筋の展開はミステリーである。思うに、純文学はなるべく現実…

クレメンス・マイヤー『夜と灯りと』

夜と灯りと (新潮クレスト・ブックス) 作者:クレメンス マイヤー メディア: 単行本 マイヤーのこの短編集は、非常に素材感に満ちている。統一後の東ドイツ社会の断片を少しも誇張も修飾もすることなくなた包丁で切り落として我々の目の前に突き出してくる。…