albatros blog

広田修の書評とエッセイ

アリ・スミス『夏』

 アリ・スミスの4部作の最終編。EU離脱という出来事を率直にストレートに描いてしまえば無機質で短い文章で終わってしまう。そうではなく、極めて遠回りに、たくさんの言葉やレトリックを駆使して描くことで、EU離脱をめぐる人々の心の揺れとか社会への衝撃などがじわじわと伝わってくる。何事もストレートに簡潔に書けばいいというわけではない。ストレートに簡潔に書いてしまっては逆に伝わらないもの、それをこの4部作は書こうとしているのであろう。

 飛躍や脱臼に富んだ文体でうねりにうねって膨大な言葉が費やされる。この熱気、動乱、こういうものによってこそ、社会的な事件は真に正確に伝えられるのかもしれない。新聞記事では伝わらないものこそを文学は伝えるのであって、その文学の機能を最大限に発揮しているのがこの作品だ。迂遠であるからこそ、間接的であるからこそ逆に伝わるもの。そういうものを目指して書かれた作品であり、文学によるまっとうな社会へのリアクションであろう。