さて、昨日で7回にわたって行った現地調査の全行程を終えました。7月から10月にかけて、なかなか大変でしたが、とりあえずやり遂げてほっとしています。あと、結果報告を受けて今年度の結果について取りまとめをしたいです。
本当に皆様お疲れ様でした。そしてご協力ありがとうございました。
本書は、ホストクラブの受付をしている女性を主人公としたホストクラブ界隈の生態学のような作品である。この界隈の人間は独自の感性と論理、生活様式を持っており、それを内側から描くことで人間の新しい面に気付かされるような作品となっている。この界隈の人間は性的な物事に慣れすぎていて鈍感であるにもかかわらず、人の表情や様子になどについて非常に敏感になっている。
ホストクラブの客を「姫」と呼んでいるのも特徴的だし、そのあたりにもこの界隈の独自の論理と感性を感じる。姫とは高貴であると同時に卑猥でもある。その聖と俗との二重性を備えた呼称が姫である。また、姫はお金を持っている存在でもある。この界隈の感性からすると、客は「姫」と呼ばれる必然性があった。その必然性のあたりにこの界隈の論理が潜んでいると思われる。
さて、読了本と聴き終わったCDの断捨離がひとまず終わりました。実家にもアパートにもだいぶスペースができて、もっとよりよく収納できそうです。残りはあと片付けであり、本の収納や整理がまだ残っています。実家の本の収納が終わり、アパートの本の整理が終われば一連の片付けが終わります。あともう少しだ頑張れ!
SW、とても疲れが取れました。このタイミングで本当に良かった。
本書は自伝をめぐる小説であり、自伝を「携帯遺産」とみなすところに大きな発見がある。だが、それ以上に鈴木の小説は文体に特徴があり、文体に滋味があり、文体を非常に楽しめるものである。ペダンティックで逸脱に満ちて、知的遊戯そのものであるかのような文体が、読む者を楽しませているのが鈴木の小説だと思う。
ディケンズの小説にまつわる教養などが随所にちりばめられており、読者はそういったペダンティシズムの世界に紛れ込み耽溺する。連想によって作品世界が時代を超えて膨張していき、その逸脱によって豊饒な作品世界が出来上がっている。文章は知的遊戯により十分異化されており、その知的遊戯による異化を楽しむのが本小説の楽しみ方だろう。とても楽しめた。