ホロコーストで両親を失い、近親者で生き残りは姉だけ、それも生きているかどうかはっきりしない。バイオリン奏者としてデビューしようとしていた矢先ナチスに生活を破壊され、戦後になって写真家として生きた著者によるホロコーストをめぐる短編集。
人間が生きているその文脈というものが、どれだけ温かくその人を包み込んでいるか、そこには人間同士の社会的なつながりがあり、安心できる家庭がある、そういうものがいかに貴重なものであるか、そういうことを考えさせられる。ナチスによる収容は、慣れ親しんだ文脈から人間を無理やり切り離し、理不尽な強制労働に追いやるものであり、その文脈からの切り離しがどれだけ残酷なものかよくわかる作品である。
これだけ戦慄に満ちた作品を淡々と描き尽くした作者の力量に感服すると同時に、文学の記録としての力を改めて感じさせられた。文学は記録としても機能する、それは重要な証言として、あるいは物言えなくなったほかの大多数の代弁として。