albatros blog

広田修の書評とエッセイ

ミシェル・トゥルニエ『聖女ジャンヌと悪魔ジル』

 

 本小説は、ジャンヌ・ダルクとともに戦い、彼女に恋をし、彼女が火に焼かれるのを目撃して気が狂ってしまったジルの物語である。狂気について書かれているので共感することはなかなか難しいが、それでも因果関係は何となく推測できる気がする。ジルが男児を集めたのはそこに恋の対象であったジャンヌを見つけるためだったし、男児を虐殺したのはジャンヌが虐殺されたトラウマに由来するのだろう。何となく狂気を生み出した事件とその因果関係を推測はできるが、実際に狂気に陥るには何らかの断絶を超えなければいけない。その断絶を超えるところについて共感はやはり難しい。

 本作品は史実に基づくという。であれば、ジルの狂気の原因はほかにもあったかもしれないし、実はジャンヌとの関係はあまり重要ではないのかもしれない。だが、この作品が作品として成立しているのは、あくまでジルという人間を極めて人間らしく描くことによってであり、それにはジャンヌとの恋愛やジャンヌの死の衝撃を強調する必要があったのだろう。人間の物語に筋道をつけるということ。本作はそのあたりに気を配っているのではないだろうか。