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広田修の書評とエッセイ

日本文学

川上未映子『ウィステリアと三人の女たち』

ウィステリアと三人の女たち (新潮文庫 か 64-4) 作者:川上 未映子 新潮社 Amazon 川上未映子の作品がこれだけのポピュラリティを得ているというのは結構面白いと思う。というのも、川上はどちらかというと王道の小説というよりも論理性の強い小説を書くから…

高橋弘希『スイミングスクール』

スイミングスクール 作者:弘希, 高橋 新潮社 Amazon 事実の強度が感情の強度を暗示的に示している作品。この小説を読んでまず気づくことは、登場人物の家族にまつわるエピソードが極めて濃密に描かれていることだ。その家族の事実について登場人物の心情は取…

今村夏子『むらさきのスカートの女』

むらさきのスカートの女 (朝日文庫) 作者:今村 夏子 朝日新聞出版 Amazon 語り手の位置が不透明でつくりに工夫がみられる小説。「むらさきのスカートの女」の顛末を「黄色いスカーフの女」が語るのだが、あたかも後者が前者の別人格あるいは執拗なストーカー…

乗代雄介『皆のあらばしり』

皆のあらばしり 作者:乗代 雄介 新潮社 Amazon 学生と中年の男との軽快なやり取りを描いた作品。学生と男では人生のステージが違う。人間は不可逆的に成熟していくわけであるが、学生はいまだに若者の段階、男は様々な経験を経て「人生の職人」とでも言えそ…

今村夏子『木になった亜沙』

木になった亜沙 (文春e-book) 作者:今村 夏子 文藝春秋 Amazon 本作は、自分が与えるものをだれにも受け取ってもらえない少女が主人公だ。贈与というのは人間の共同体の基礎にある関係であり、お互いに贈与しあうことで人は人と人との共同体のネットワークに…

上田岳弘『旅のない』

旅のない 作者:上田岳弘 講談社 Amazon コロナウィルスのパンデミックは経済的な停滞を生み出した。本書はパンデミック下で書かれた短編を収めている。コロナによって人々は通常の活動を自粛することを要請された。だがそれは、ある意味人々に休息を与えたの…

上田岳弘『塔と重力』

塔と重力 作者:岳弘, 上田 新潮社 Amazon 非常に重層的に作りこまれた稠密な作品である。一人の青年の日常に、哲学的なモチーフや超越的な語りの審級が持ち込まれ、内容が重層化している。主人公は地震のときに閉じ込められた経験から特殊な世界観を持つよう…

絲山秋子『御社のチャラ男』

御社のチャラ男 作者:絲山 秋子 講談社 Amazon 日本の会社組織を風刺した作品である。舞台となるのは典型的なブラック企業である。といっても、そこで働く人間の苦しみを描くというより、ひたすらそこで働く人間や会社の仕組みの滑稽さを書き綴っている。経…

町屋良平『ふたりでちょうど200%』

ふたりでちょうど200% 作者:町屋良平 河出書房新社 Amazon 二人の若者のストーリーがどんどん変奏されていく音楽的な作品だ。ライトモチーフはいくつかあるが、それがそれぞれの編ごとに変奏されていき、変奏曲のような音楽的な構造を作り出す。この小説につ…

川上未映子『夏物語』

夏物語 (文春文庫) 作者:川上 未映子 文藝春秋 Amazon 無駄のない筆致で描かれた人生の詩情を感じさせる作品だった。現代日本の停滞して閉塞している状況の中で、みんな不幸ながらにひそやかに生きている。そのひそやかな生きざまに宿る美しさ、切なさ、そう…

高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』

おいしいごはんが食べられますように 作者:高瀬隼子 講談社 Amazon 人が生活していく中で出会う、矛盾・軋轢・違和について書いている小説。とはいっても、何らかの政治的信条への違和とか、所与の労働環境への違和とか、目標達成の際に生じる軋轢とか、そう…

村田沙耶香『信仰』

信仰 (文春e-book) 作者:村田 沙耶香 文藝春秋 Amazon 短編・エッセイ8編を収めたもの。基本的にカリカチュアライズの手法をとっている。今現実に起こっていることについて、一部の特徴を誇大化して見せる。それはすごく哲学的なことのように思うのだが、本…

宇佐見りん『くるまの娘』

くるまの娘 作者:宇佐見りん 河出書房新社 Amazon 「家族」というひとつの地獄について書かれた小説。DV、モラハラ、共依存、病気などについて書かれている。ここに描かれた家族は父親による暴力がひどく、それによって主人公などが病んでいるから地獄の度合…

石井遊佳『百年泥』

百年泥 (新潮文庫) 作者:石井 遊佳 新潮社 Amazon 短い作品の中に水準の違う語りを上手に詰め込んだ感じがした。インドで日本語教師として働く主人公が、現地で大雨に見舞われ、町中水だらけで泥だらけになる。百年前の泥が町中にあふれ出てきたようで、死人…

燃え殻『断片的回顧録』

断片的回顧録 作者:燃え殻 アタシ社 Amazon 燃え殻の、つぶやきやエッセイや物語を集めた人生の回顧録。基本的に弱者の悲しみを書いている。傷ついた人間、感じすぎてしまう人間の悲哀をつらつらとしたためている。そこに感性の鋭いひらめきがあり、はっとさ…

砂川文次『ブラックボックス』

ブラックボックス 作者:砂川文次 講談社 Amazon 人間の暴力的な暗部を描いた作品だが、それよりもこの物語は、ある種の成熟の物語なのではないかと思った。それは、人生に対してマインドレスな状態から、人生に対してマインドフルな状態への移行の物語ではな…

青山七恵『お別れの音』

お別れの音 (文春文庫) 作者:青山 七恵 文藝春秋 Amazon 読後感がさわやかで魅力的な短編集である。登場人物たちの何気ない日常を描きながらも、そこに突っかかるものをプロットとして用意している。このちょっとした違和感のようなもの、これこそがそれぞれ…

岸政彦『リリアン』

リリアン 作者:岸政彦 新潮社 Amazon 著者は質的社会学または生活史の学者として著名でもある。本書にも生活史的な人間へのアプローチは見て取れる。その一つとして、一人の人物の長い語りの中にその人物の人生を包括して立ち現せる手法があると思う。この小…

多和田葉子『献灯使』

献灯使 (講談社文庫) 作者:多和田葉子 講談社 Amazon 多和田葉子は言葉の新奇性を追求しているかのように思える。その意味で多和田は詩人に近く、実際に詩を書いてもいる。本作において多和田の言語の新奇性への追及は記述の角度と世界の構成いずれにも及ん…

石沢麻依『貝に続く場所にて』

貝に続く場所にて 作者:石沢麻依 講談社 Amazon 全編にわたって、3.11の大震災による心の傷によって彩られている。そして、作品は新型コロナウィルスという再びの大災害が襲い掛かるドイツのゲッティンゲンにおいて展開される。生活の様々な断片に大震災…

阿部和重『無情の世界』

無情の世界 (新潮文庫) 作者:阿部 和重 新潮社 Amazon 阿部和重は本作品でかなり極端に行動的で破壊的な人物群を描いている。社会規範に反した暴力的な行為を平気で行う者たち。だが、ここでは社会規範というよりも己の内なる規範である超自我をいともたやす…

李琴峰『彼岸花が咲く島』

【第165回芥川賞受賞作】彼岸花が咲く島 (文春e-book) 作者:李 琴峰 文藝春秋 Amazon 記憶を失った少女がある島にたどり着くところから物語は始まる。島では独特の言語体系があり、政治の体制も独特だった。やがてそのような言語体系や政治体制が生まれた歴…

燃え殻『これはただの夏』

これはただの夏 作者:燃え殻 新潮社 Amazon 人生が現在最悪な人、あるいは人生がかつて最悪だった人へと捧げる哀歌のような作品。主人公と風俗嬢のユカは、生きることに虚無感を抱き、周りともうまくなじめず自己肯定感が低く、最悪な日々を送っている。それ…

中上健次『水の女』

水の女 (講談社文芸文庫) 作者:中上 健次 講談社 Amazon 短い作品が多く、また短い作品においては作品の設定が貧弱で男女の交接ばかり描いているため、比較的長くて舞台設定がしっかりしており、登場する女性も独立している「鷹を飼う家」を中心に感想を述べ…

燃え殻『夢に迷って、タクシーを呼んだ』

夢に迷って、タクシーを呼んだ 作者:燃え殻 扶桑社 Amazon 燃え殻氏の雑誌連載エッセイ集第二弾である。著者は、基本的に「負け」の姿勢を貫いている。この世の中では傷つける側ではなくいつでも傷つく側人間である。そして、他人が傷つくことにも敏感で、他…

乗代雄介『旅する練習』

旅する練習 作者:乗代雄介 発売日: 2020/12/28 メディア: Kindle版 本作品では、サッカー選手になることを夢見る小学六年生の女子の活き活きした情景が活写される。だが、この少女はいずれ事故にあってしまう。それだけではなく、会社に内定が決まったのに内…

乗代雄介『最高の任務』

最高の任務 作者:乗代 雄介 発売日: 2020/01/11 メディア: 単行本 ヒロインは子供のころおばから日記帳を渡される。ヒロインが大学を卒業してから旅行などする合間にその日記帳の中身を回顧するというお話。日記を書くという行為は内省をする行為であり、人…

砂川文次『戦場のレビヤタン』

戦場のレビヤタン (文春e-book) 作者:砂川 文次 発売日: 2019/01/31 メディア: Kindle版 本書は戦争が頻発する地域に警備会社の社員として施設の警備に赴いた元自衛官の語りという構成をとっている。その近辺では常に戦争が起こっており、実際主人公が警備し…

乗代雄介『十七八より』

十七八より 作者:乗代雄介 発売日: 2015/09/25 メディア: Kindle版 この作品は乗代のデビュー作である。デビュー作ゆえの余裕のなさは感じるのだが、その余裕のなさは作品を書くにあたって自らの能力を最大限発揮しようとしているところから生じるのだと思う…

荻野アンナ『カシス川』

自身の大腸がんの闘病記であると同時に母との関係や母の死をつづった作品でもある。本作品はルポルタージュやノンフィクションではなく、あくまで小説として書かれているので、文章には様々な小説的な仕掛けが施されている。一番の仕掛けはユーモアであろう…