albatros blog

広田修の書評とエッセイ

クッツェー『イエスの幼子時代』

 どこから来たかわからない船に乗ってこの管理された大陸に人々はやってくる。人々はそれまでの記憶をほとんど持たず、この大陸において仕事や人間関係を新たに作り出していかなければならない。イエスの父親と思しき人物が主人公だが、この主人公は新たにイエスの母親を見つけ出さなければならない。そのような、仕事を見つけること、人間関係を構築することの困難さと容易さをその両義性のままに示している作品だと思った。

 人間関係の構築は、簡単なようで難しい。そこには人間同士の相性の問題もあるし、一種の契約のようでもある。これが、本人同士の気分や成り行きでもって、まったく偶然的に、ある時は非常に困難に、ある時は非常に容易に成立するのである。人間関係の構築は非常に特殊な契約なのだ。かくして、主人公はイエスの母親役を見つけるが、それは非常に困難であると同時に非常に容易であった。それは非常に特殊な契約なのだ。