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広田修の書評とエッセイ

海外文学

モディアノ『失われた時のカフェで』

失われた時のカフェで 作者:パトリック・モディアノ 発売日: 2011/05/02 メディア: 単行本 ルキという謎の女性をめぐる多角的な断章集。彼女を愛する様々な男性、そして彼女自身によりルキの謎は少しずつ明かされていくがそれでも全容はつかめない。それぞれ…

キーツ『ゆきのひ』

ゆきのひ (偕成社の新訳えほん―キーツの絵本) 作者:エズラ=ジャック=キーツ メディア: 大型本 雪の日、子どもは大喜びする。世界がまるで違ったものに変わるからだ。雪の日、世界は可塑的で幻想的になる。それまで触れることを拒んでいた世界が、線をつけた…

レッシング『賢人ナータン』

賢人ナータン (岩波文庫 赤 404-2) 作者:レッシング 発売日: 1958/08/05 メディア: 文庫 宗教的寛容を唱えた古典的名作。ユダヤ人の豪商ナータン、イスラム教のスルタン、キリスト教の総大司教などが登場し、ユダヤ教とイスラム教とキリスト教の間の葛藤が展…

ジイド『法王庁の抜け穴』

法王庁の抜け穴 (岩波文庫 赤 558-3) 作者:アンドレ・ジイド 発売日: 1928/10/20 メディア: 文庫 アンドレ・ジイドといえば、『狭き門』や『田園交響楽』といった「愛と信仰」をテーマにした作品が有名である。それに対して本作は全く俗っぽく、現実社会の愚…

グリルパルツェル『ザッフォオ』

ザッフォオ (岩波文庫) 作者:グリルパルツェル 発売日: 1953/07/05 メディア: 文庫 古代ギリシアの女流詩人サッフォーに材をとった戯曲。ザッフォオは詩人として栄光を手に入れている。だが、自分が愛する男は別の若くて美しい女に恋をし、苦悶の末ザッフォ…

タナハシ・コーツ『世界と僕のあいだに』

世界と僕のあいだに 作者:タナハシ・コーツ,Ta-Nehisi Coates 発売日: 2017/02/07 メディア: 単行本 黒人である著者が息子にあてた手紙の形式をとっている。内容としては著者の半生についての自分語りである。著者がストリートなどの劣悪な環境の中でいかに…

ロンドン『白い牙』

白い牙 (光文社古典新訳文庫) 作者:ロンドン 発売日: 2013/12/20 メディア: Kindle版 本小説では、オオカミが生まれ、母と暮らし、荒野で生き延び、人間に買われて闘犬になったり橇の犬になったり、最後には飼いならされたりした際のオオカミの内面を言語化…

ジュリー・オオツカ『屋根裏の仏さま』

屋根裏の仏さま (新潮クレスト・ブックス) 作者:オオツカ,ジュリー 発売日: 2016/03/28 メディア: ペーパーバック 今から100年前、戦前に「写真花嫁」としてアメリカへ渡った日本人女性たちの受難の書。彼女たちは、アメリカで夫に嫁ぐつもりで夫の写真を…

ナサニエル・ウェスト『孤独な娘』

孤独な娘 (岩波文庫) 作者:ナサニエル・ウェスト 発売日: 2013/05/17 メディア: 文庫 本作は、新聞のお悩み相談欄を担当する「孤独な娘」が実は本人も悩みを抱えていた、という物語である。新聞には毎日のように病気や人間関係などに起因するお悩み事が寄せ…

ジョージ・オーウェル『動物農場』

動物農場: おとぎばなし (岩波文庫) 作者:ジョージ オーウェル 発売日: 2009/07/16 メディア: 文庫 スターリン独裁体制を批判した小説。政治の世界でいかにおぞましいことが行われようと、それが新聞の言葉で語られるといまいち実感がわかない。だがそれが小…

バタイユ『マダム・エドワルダ/目玉の話』

マダム・エドワルダ/目玉の話 (光文社古典新訳文庫) 作者:バタイユ 発売日: 2014/06/13 メディア: Kindle版 思想家としてのバタイユについては何冊か本を読んでいるが、小説家としてのバタイユの作品を読むのは初めてである。だが、これらの作品は俗悪なポ…

マンディアルグ『オートバイ』

オートバイ (白水Uブックス (54)) 作者:A.ピエール・ド・マンディアルグ 発売日: 1984/01/01 メディア: 新書 本書は19歳の若いヒロインがオートバイに乗って不倫の恋人に会いに行く、そういう筋書きである。オートバイに乗っているときの周囲の状況やオー…

ユルスナール『東方綺譚』

東方綺譚 (白水Uブックス (69)) 作者:マルグリット・ユルスナール 発売日: 1984/12/01 メディア: 単行本 フランスから見て東方、アジアや東欧に材を取った説話的な短編小説集。中には源氏物語に材を取ったものもある。ここに見て取れるのはユルスナールの文…

ロジェ・グルニエ『編集室』

編集室 (白水uブックス―海外小説の誘惑) 作者:ロジェ グルニエ 発売日: 2002/08/01 メディア: 新書 ロジェ・グルニエが若いころの記者体験をもとに、様々な個性的な記者や人物を配置して鋭利に物語を刻んでいる本である。記者たちは社会人として一様な動きを…

マンディアルグ『薔薇の葬儀』

薔薇の葬儀 (白水uブックス―海外小説の誘惑) 作者:アンドレ・ピエール・ド マンディアルグ 発売日: 2001/07/01 メディア: 新書 マンディアルグの小説は通俗的に言ってしまうと「エロ・グロ」の世界である。だが、彼の小説は「エロ・グロ」を目的としているわ…

ピョン・ヘヨン『モンスーン』

モンスーン (エクス・リブリス) 作者:ピョン・ヘヨン 発売日: 2019/08/02 メディア: 単行本 ピョン・ヘヨンは非常に簡潔な文体で日常に潜むホラーや不条理を描いている。我々一人ひとり、ただ日常生活を送っているだけでいつの間にか「たいへんな」事態に巻…

ジュリアン・グラック『アルゴールの城にて』

アルゴールの城にて (白水Uブックス) 作者:グラック,ジュリアン,ジュリアン・グラック 発売日: 1989/05/01 メディア: 新書 ジュリアン・グラックのこの小説は、さながら一つの交響曲のように華やかに奏でられていく。美しい女性であったり楽しい会話であった…

ジュリアン・バーンズ『終わりの感覚』

終わりの感覚 (新潮クレスト・ブックス) 作者:ジュリアン バーンズ 発売日: 2012/12/01 メディア: ペーパーバック 2011年ブッカー賞受賞作。思索的で香気のある文体をもつ純文学でありながら、筋の展開はミステリーである。思うに、純文学はなるべく現実…

クレメンス・マイヤー『夜と灯りと』

夜と灯りと (新潮クレスト・ブックス) 作者:クレメンス マイヤー メディア: 単行本 マイヤーのこの短編集は、非常に素材感に満ちている。統一後の東ドイツ社会の断片を少しも誇張も修飾もすることなくなた包丁で切り落として我々の目の前に突き出してくる。…

アンナ・カヴァン『氷』

氷 (ちくま文庫) 作者:アンナ カヴァン 発売日: 2015/03/10 メディア: 文庫 作品世界が極めて美しい。美しい傷ついた少女と、彼女を愛する男。男は少女を求めて氷に覆われ滅びゆく世界を旅する。ガラスのように壊れやすく繊細な描写には息をのむほどだ。 本…

ジュンパ・ラヒリ『低地』

低地 (Shinchosha CREST BOOKS) 作者:ジュンパ ラヒリ 発売日: 2014/08/26 メディア: ペーパーバック ラヒリは主に家族の間の関係を描いている。本作においては、インドで生まれた兄弟を軸として、弟が結婚したのち身重の妻を残してすぐに官憲に殺され、代わ…

ミランダ・ジュライ『いちばんここに似合う人』

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス) 作者:ミランダ・ジュライ 発売日: 2010/08/31 メディア: ハードカバー ミランダ・ジュライのこの短編集は、幾分奇妙な状況設定の下、孤独な人たちがそれぞれに輝いている物語である。プロットは奇抜で偶然…

アンナ・カヴァン『ジュリアとバズーカ』

ジュリアとバズーカ 作者:アンナ・カヴァン 発売日: 2013/04/28 メディア: 単行本 非常に病的な視点から書かれたゆがんだ不条理な世界である。世界がとんでもなく陰鬱なものであるかのように描写される一方で、世界が光り輝くものであるかのように描かれたり…

タブッキ『逆さまゲーム』

逆さまゲーム (白水Uブックス―海外小説の誘惑) 作者:アントニオ タブッキ 発売日: 1998/08/01 メディア: 単行本 タブッキの小説は、基本的に読者に自らを投げかけてくるものが多い。タブッキはみずからの小説の解釈を固定させず、読者の解釈に大幅にゆだねて…

ジュンパ・ラヒリ『見知らぬ場所』

見知らぬ場所 (新潮クレスト・ブックス) 作者:ジュンパ ラヒリ 発売日: 2008/08/01 メディア: 単行本 全体的に愛や家族についての物語を淡々と語っている印象である。登場人物のバックグラウンドは作者と重なる点が多く、作者の人生もだいぶ反映されているの…

ジュンパ・ラヒリ『べつの言葉で』

べつの言葉で (新潮クレスト・ブックス) 作者:ジュンパ ラヒリ 出版社/メーカー: 新潮社 発売日: 2015/09/30 メディア: ペーパーバック 英語で小説を書き多くの賞を受賞した作者が、イタリア語に魅せられてイタリア語を勉強し、イタリア語で書いた、イタリア…

ジョセフ・オニール『ネザーランド』

ネザーランド 作者:ジョセフ オニール,Joseph O'Neill 出版社/メーカー: 早川書房 発売日: 2011/08/25 メディア: 単行本 本小説は土地をめぐる小説である。9.11後、妻が住むことを拒んだニューヨーク、そして妻が息子を連れて帰ったロンドン、主人公の回…

オニール『喪服の似合うエレクトラ』

喪服の似合うエレクトラ (岩波文庫) 作者:オニール 出版社/メーカー: 岩波書店 発売日: 1988/10 メディア: 文庫 この作品では、不倫の愛や近親者の愛憎だけでなく、殺害や自殺など死がたくさん現れる。古典ギリシア悲劇に材をとっているだけあってそのような…

ヨシフ・ブロツキー『ヴェネツィア・水の迷宮の夢』

ヴェネツィア 水の迷宮の夢 作者:ヨシフ・ブロツキー 出版社/メーカー: 集英社 発売日: 1996/01/17 メディア: 単行本 本作品でブロツキーは、ヴェネツィアを訪れたときの心象を美しい詩文に仕上げている。ここにはいかなるストーリーもなく、ただ日記的な断…

パスカル・キニャール『謎』

謎―キニャール物語集 (パスカル・キニャール・コレクション) 作者:パスカル キニャール 出版社/メーカー: 水声社 発売日: 2017/05/01 メディア: 単行本 現代作家であるキニャールの物語への執着はよく知られるところである。ではキニャールはなぜ物語にこだ…