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広田修の書評とエッセイ

洞口英夫『一滴の水滴が小鳥になる』(思潮社)

一滴の水滴が小鳥になる 作者:洞口英夫 思潮社 Amazon 洞口の本作は、些細で目立たないものに花を持たせるという善意に満ちた詩集だ。それこそ、一滴の水滴という地味で目立たないものが小鳥という華やかなものになるように。日常で感じる些末なことに、一つ…

小野絵里華『エリカについて』(左右社)

エリカについて 作者:小野 絵里華 左右社 Amazon 女子のおしゃべりが詩になってしまった。そういう驚くべき詩集だ。おしゃべりというと、「暇つぶし」「軽佻浮薄」「無駄」「空疎」というラベリングがされがちだが、このおしゃべりこそが実はその正反対の要…

久谷雉『花束』(思潮社)

花束 作者:久谷雉 思潮社 Amazon 本作は、近代詩に近い抒情詩群である。戦後になって、情緒をじかに伝えるよりは、知性を介してあるいは知性を経由して詩の面白みを生み出す作品が増えたと思うが、久谷は本作であえて近代詩的な詩法を採用している。知性や認…

吉増剛造『The Other Voice』(思潮社)

The other voice 作者:吉増 剛造 思潮社 Amazon 吉増は、ルビやカギカッコ、音遊びなどを駆使して、多層的なテクストを作り出している。詩で書かれている内容はそれほど深いものとは思えないが、その深くない内容を文飾によってここまで深くしてしまう技量に…

四元康祐『単調にぼたぼたと、がさつで粗暴に』(思潮社)

単調にぼたぼたと、がさつで粗暴に 作者:四元康祐 思潮社 Amazon 四元の本作は、詩に使われやすい言葉を圧倒的に排している。代わりに、四元は社会的な言葉や政治的な言葉をふんだんに使っている。詩として読もうとすると初め拒まれるような感じがするが、読…

井川博年『幸福』(思潮社)

井川博年の詩は、「エピソード詩」とでもいうべきものであり、エピソードが生み出す微妙な印象を読者に抱かせるものである。エピソードというものは、小さな物語であり、それを結末まで読むことによって、読む者はある種の強度な微妙な感情を抱くものである…

池井昌樹『明星』(思潮社)

明星 作者:池井 昌樹 思潮社 Amazon 詩を書くということはその人の現在を語るということで、その直接性こそが詩を形作るかのように考えられることが多い。だが、隔たらないという直接性よりも、隔たっているという距離の方がむしろ詩を作るのかもしれない。…

中島悦子『マッチ売りの偽書』(思潮社)

マッチ売りの偽書 作者:中島 悦子 思潮社 Amazon 本作では、言語の関節をうまく操ることにより、詩人の身体的ななにがしかが現われているように感じる。言語が絶妙に屈折していくのを見ると、あたかもそこでダンスが踊られているような印象を受ける。とはい…

長田典子『ニューヨーク・ディグ・ダグ』(思潮社)

ニューヨーク・ディグ・ダグ 作者:長田 典子 思潮社 Amazon 本作は、アメリカへ語学留学した経験をもとに、異なる言語による詩作の試みやアメリカで得た心象の描写を行っている。語学留学した経験は、詩を書く言語自体を変えるほどの大きな経験だった。詩の…

うるし山千尋『ライトゲージ』(七月堂)

ライトゲージ 作者:うるし山 千尋 七月堂 Amazon 透明な感性を備えた詩人である。余計な修飾を排し、風景や人物などに敏感に反応した気持ちを淡々と書いていく。詩の本来の在り方のような気がするが、このような原点回帰の作品を読むのも心地よい。冒頭の海…

水出みどり『夜更けわたしはわたしのなかを降りていく』(思潮社)

夜更けわたしはわたしのなかを降りていく 作者:水出 みどり 思潮社 Amazon 本作では、父母の死が自らの生命の熾火となっているさまがまざまざと見て取れる。いわば、生と死との相関関係のようなものが主題となっている。死する他者が自らの生の根源となって…

丸田麻保子『カフカを読みながら』(思潮社)

カフカを読みながら 作者:丸田麻保子 思潮社 Amazon 芸術作品が他の芸術作品や他の芸術家に言及している場合、それをどのように考えるかは難しい問題だ。本作でもカフカの作品やカフカ自身などについて言及がなされ、先行する芸術作品を参照する形で作品が成…

藤井貞和『よく聞きなさい、すぐにここを出るのです。』(思潮社)

よく聞きなさい、すぐにここを出るのです。 作者:藤井 貞和 思潮社 Amazon 学殖詩人である。広く深い教養に基づいて書かれた詩群なので、私などが思いつきもしないような仕掛けが隠されているようで、読んでいてとても豊かな気持ちになる。教養の豊かさは詩…

篠崎勝己『死ねない魂のための音楽』(龍詩社)

篠崎の本作においては、詩が哲学をしている、あるいは哲学が詩を書いている。主体と客体の問題、生と死の問題、言語と対象の問題などが、軽やかに思考されているのが本詩集だ。詩の形式で扱われた哲学は独特の様相を呈し、もちろん厳密な論理性は備えていな…

藤井晴美『never』(七月堂)

藤井晴美の詩は、ギャグ詩と言ってもいいかもしれない。ハチャメチャでユーモアがあるギャグ詩である。だが、ギャグマンガにも高度なアイディアと技術が必要なように、藤井の詩にも高度なアイディアと技術が反映されている。藤井はギャグを演じている。これ…

福間健二『青い家』(思潮社)

青い家 作者:福間 健二 思潮社 Amazon ジャズの数時間にわたる演奏会に来たかのような感覚。ロックでもクラシックでもなくジャズだ。このスウィング、身体的に同期してくるような感覚は、ロックのような突進でもなければクラシックのような飛翔でもない。あ…

平田俊子『詩七日』(思潮社)

詩七日 作者:平田 俊子 思潮社 Amazon 詩がユーモアを生み出しているのではない。ユーモアが詩を書いているのだ。本作を読んでまずそう思った。平田には、ユーモアがミューズとして降りてきており、ユーモアがこの作品を書いているのである。ユーモアは神の…

森本孝徳『零余子回報』(思潮社)

零余子回報 作者:森本 孝徳 思潮社 Amazon 言葉との激烈な格闘を久しぶりに目にした。森本は、日本語という牢獄、ひいては言葉という牢獄から脱獄を企てている。だが、その脱獄の試みは、日本語や言葉という牢獄に一層深く囚えられるという両義性を備えてい…

野木京子『ヒムル、割れた野原』(思潮社)

ヒムル、割れた野原: 詩集 作者:野木 京子 思潮社 Amazon 存在に関する詩集だと思う。「失ってしまった何かを呼び戻すため詩を書いている」と本人もあとがきで書いているが、存在を失ったり取り戻したり、そのような存在とのかかわりであったり、存在が様々…

大江麻衣『にせもの』(紫陽社)

この詩集にはかなり斬新な感受性が現われていると思った。今となっては斬新ではないのではないかもしれないが、当時は斬新であっただろう。絶妙な飛躍と直情的な表現の絡み合いがとても巧みである。性的な表現も面白く読める。性的な表現や直情的な表現が、…

和田まさ子『途中の話』(思潮社)

途中の話 作者:和田まさ子 思潮社 Amazon 和田まさ子の詩は長さが絶妙である。長すぎず短すぎない一定の長さを保っているが、この長さが必要十分な長さなのである。単発の詩想では終わらない。かといってだらだらと際限なく書くわけでもない。小気味よい長さ…

松川紀代『頬、杖』(思潮社)

頬、杖 作者:松川紀代 思潮社 Amazon 人生の年輪を感じさせる詩集である。老境に至り、人生のレイヤーを数限りなく重ねた詩人が、そのレイヤーを貫通するように、全人生を駆け抜けるように書いた詩集である。どの作品にも歳を重ねた厚みが感じられ、あらゆる…

須藤洋平『あなたが最期の最期まで生きようと、むき出しで立ち向かったから』(河出書房新社)

あなたが最期の最期まで生きようと、むき出しで立ち向かったから 作者:須藤 洋平 河出書房新社 Amazon 震災文学。被災地にいながら東日本大震災で感じ取ったことを、真率かつ激烈に、衝動的にたたきつけるように書いている。自身の切迫する思いや、聞き知っ…

マーサ・ナカムラ『雨をよぶ灯台』(思潮社)

雨をよぶ灯台 新装版 作者:マーサ・ナカムラ 思潮社 Amazon 何とも一筋縄ではいかない詩集だと思った。平易なようでありながら、肝心なところで非常に難解である。これは人間関係のようで、お互い分かりあっているようで肝心なところですれ違っている感覚で…

水下暢也『忘失について』(思潮社)

忘失について 作者:水下 暢也 思潮社 Amazon 水下の作品からはとても静謐な雰囲気が漂っている。静謐でありながら、そこには限りなく微細な世界が広がっているのだ。静謐であるといっても、動きがないわけではない。そこには微細なものの緩やかで繊細な運動…

中村稔『言葉について』(青土社)

言葉について 作者:中村稔 青土社 Amazon 中村稔が長年の詩作経験などから引き出した、言葉についての詩的考察群。言葉について非常に多角的な考察が展開され、中村稔の知性と感性の際立ちが見られる。文章は格調高く、彫琢されている。詩としての強度を十分…

髙木敏次『傍らの男』(思潮社)

傍らの男 作者:高木 敏次 思潮社 Amazon 髙木敏次ほど改行の巧みな詩人は少ないと思う。髙木にとって改行は独特の世界を切り開いていくうえで極めて重要なレトリックである。髙木は改行によって彼自身の独特のリズムを刻む。行が改められるリズムが髙木にお…

岩木誠一郎『声の影』(思潮社)

声の影 作者:岩木誠一郎 思潮社 Amazon 詩が世界の薄層を正確にとらえるものだとするならば、岩木の作品はまさに世界の薄い膜を繊細な手つきで取り出してくる稀有な作品だ。風景があり、それを見る主体がいる。だが、風景の奥深い構造とか主体の複雑な内面は…

小川三郎『忘れられるためのメソッド』

忘れられるためのメソッド 作者:小川三郎 七月堂 Amazon 本詩集は、詩人の心の動きを丁寧に追いながら、通常の感慨の中に通常でない鋭いひらめきを持ち込んでいる。詩行の運びは緩慢なようでありながら、急に速度を増し、緩慢な中に激しさを持ち込んでいる。…

佐峰存『雲の名前』

雲の名前 作者:佐峰存 思潮社 Amazon 淡々と知的で繊細な描写が続いていく詩集であるが、その表面とは裏腹に、その背面、あるいははるかかなたでは非常にきな臭い出来事が起こっている。人間の情熱の炎だけではなく、社会的な争いや、何もかもと無関係に燃え…