albatros blog

広田修の書評とエッセイ

バイヤーニ『家の本』

 人間の人生を家を主人公として語っている異色の小説。断章形式で形成されているが、それぞれの断章は「○○年○○の家」という見出しで、家を主語としてそこで展開される物語が描かれる。描写は詩的であり、含蓄に富むもので美しい。中には結婚指輪や婚姻届を家に見立てたものもあり、家というものが比ゆ的に使われている場合もある。

 ここで起きているのは、人が図で家が地であるという通常の図式の反転である。家こそが図であり、そこで起こる人間のストーリーはあくまで背景に過ぎない。その視座の転換から見えてくる小説的風景は極めて新鮮である。家は物質に過ぎないが、それであってもたくさんの物語を持つ物質である。人間と環境、人間と物質という二項対立も反転させているのかもしれない。人間だけがストーリーを持つのではなく、環境や物質もまたストーリーを持つ。とにかく、見慣れた図式から視座を転換することにより見えてくる新鮮な風景がとても美しく描かれている。