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広田修の書評とエッセイ

小説

九段理江『東京都同情塔』

東京都同情塔 作者:九段理江 新潮社 Amazon 「政治的人間」とでも呼ぶべき建築家が主人公の小説。至る所にちりばめられてある政治的なタームの洪水が面白い。これはおそらく主人公が数学が得意なことと関係している。数学的に社会をとらえるとそれは社会科学…

ベルンハルト・シュリンク『別れの色彩』

別れの色彩 (新潮クレスト・ブックス) 作者:ベルンハルト・シュリンク 新潮社 Amazon シュリンクの文体はとても厳密で力があり、文章を読むだけで快楽を感じるほどである。彼の文体は一つ一つの出来事を冷酷に切断するような決然とした様があり、それが本書…

ロジェ・グルニエ『長い物語のためのいくつかの短いお話』

長い物語のためのいくつかの短いお話 作者:ロジェ・グルニエ 白水社 Amazon 徹頭徹尾、読者へのサービス精神に満ちた作品群だ。しかもこれが著者の最晩年に書かれたということに驚嘆する。グルニエは最後まで読者のために小説を書いた。これはある意味驚くべ…

バーナード・ゴットフリード『アントンが飛ばした鳩』

アントンが飛ばした鳩:ホロコーストをめぐる30の物語 作者:バーナード・ゴットフリード 白水社 Amazon ホロコーストで両親を失い、近親者で生き残りは姉だけ、それも生きているかどうかはっきりしない。バイオリン奏者としてデビューしようとしていた矢先ナ…

津村記久子『サキの忘れ物』

サキの忘れ物(新潮文庫) 作者:津村記久子 新潮社 Amazon 津村は初めの頃お仕事小説を多く書いていた。なかなか愚痴に満ちたもので、私は津村のお仕事小説にはもう食傷気味であった。ところがお仕事小説を脱した津村は、お仕事小説で培ったストーリーテリン…

アグアルーザ『過去を売る男』

過去を売る男 (エクス・リブリス) 作者:ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ 白水社 Amazon 長年にわたる内戦が終わり、アンゴラでは新たな富裕層が生まれた。だが彼らには由緒正しい家計がなかった。富裕層の客に対して由緒正しい家計を偽造する仕事をする…

アグアルーザ『忘却についての一般論』

忘却についての一般論 (エクス・リブリス) 作者:ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ 白水社 Amazon アンゴラでの内戦の状況において、閉ざされた空間で27年間を生き延びた女性の物語。アンゴラでは長年ポルトガルの支配下にあったが、解放闘争が激化し、…

アン・エンライト『グリーン・ロード』

グリーン・ロード (エクス・リブリス) 作者:アン・エンライト 白水社 Amazon ある家庭に生まれてそれぞれの人生を歩んでいたきょうだいたちが、生まれ育った家が売りに出されるとのことで、母親のもとに再び集う。この小説は、そのような、人と人との離合集…

楊逸『金魚生活』

金魚生活 作者:楊 逸 文藝春秋 Amazon すごく密度の高い小説だと思った。仕事のことや家庭のこと、しかもその仕事には独特の事情があり、家庭にも独特の事情がある。どうやら一筋縄ではいかない物語なのである。だが人生とは実際にこのくらい複雑で密度の高…

村田沙耶香『しろいろの街の、その骨の体温の』

しろいろの街の、その骨の体温の (朝日文庫) 作者:村田 沙耶香 朝日新聞出版 Amazon まず、この小説は、小学校4年生から中学校3年生までという特異な時期を設定している点に注目したい。いわゆる思春期であるが、思春期よりも若干前であり、この後も思春期…

村田沙耶香『タダイマトビラ』

タダイマトビラ(新潮文庫) 作者:村田沙耶香 新潮社 Amazon 家族として愛されているということが人間の条件をなすのではないかと思わされる作品。主人公は、正常な愛情が成立していない家庭で育っている。母親からも父親からも十分愛されず、弟との関係もよ…

クッツェー『イエスの幼子時代』

イエスの幼子時代 作者:J・M・クッツェー 早川書房 Amazon どこから来たかわからない船に乗ってこの管理された大陸に人々はやってくる。人々はそれまでの記憶をほとんど持たず、この大陸において仕事や人間関係を新たに作り出していかなければならない。イエ…

閻連科『四書』

四書 作者:閻 連科 岩波書店 Amazon 知識人たちを強制労働させたり、農業や産業の大躍進政策を進めたりした中国のある神話的時期のお話。ここに描かれているのは、迫害を受けながらもあくまで大地とともに生きる更生区の人々の生々しい体験であるが、その体…

レイモンド・カーヴァー『大聖堂』

大聖堂 (村上春樹翻訳ライブラリー) 作者:レイモンド カーヴァー 中央公論新社 Amazon ここには、群衆にまみれ、生活にまみれ、受動的に敗北的に生きるありふれた中間層の日常がある。なるがままになる、そういうあきらめを感じさせ、ある意味での無常感のよ…

市川沙央『ハンチバック』

ハンチバック (文春e-book) 作者:市川 沙央 文藝春秋 Amazon 文学の正しい政治的利用だと思う。もちろん文学作品としての完成度も高いわけだが、その文学作品としての完成度の高さを媒体として、重度障碍者の置かれている現状を社会問題として提示している。…

古川真人『ギフトライフ』

ギフトライフ 作者:古川真人 新潮社 Amazon 現代日本の様々な問題を解決しようと抜本的な対策をした近未来の日本の物語。少子化対策は本格的になり、デジタル化が進み貨幣はすべてポイントになり、民営化は徹底され「企業」の独裁体制になっている。また、そ…

高山羽根子『パレードのシステム』

パレードのシステム 作者:高山 羽根子 講談社 Amazon 近しい者の死によって変容する過程にある主人公を描いている。台湾とかかわりをもつ祖父が自死し、祖父の来歴などについて徐々に明らかになっていく。一方で、主人公と同じく芸術作品を作成する親友も自…

ナターシャ・ヴォーディン『彼女はマリウポリからやってきた』

彼女はマリウポリからやってきた 作者:ナターシャ・ヴォーディン 白水社 Amazon 自らの出自を辿る物語。主に自分の母親のルーツを探る過程の物語だ。少ない写真と書類とおぼろげな記憶をもとに、調査組織の手助けを受けて自らの母親がどういう家族構成を持っ…

松浦理英子『最愛の子ども』

最愛の子ども (文春文庫) 作者:理英子, 松浦 文藝春秋 Amazon 女子高生同士の性愛を描いた作品。性愛と言ってもそんなにディープなものではなくて、一応男女共学とはなっているものの教室は男女に分かれていて、男子のみのクラス、女子のみのクラスから構成…

アリ・スミス『夏』

夏 (新潮クレスト・ブックス) 作者:アリ・スミス 新潮社 Amazon アリ・スミスの4部作の最終編。EU離脱という出来事を率直にストレートに描いてしまえば無機質で短い文章で終わってしまう。そうではなく、極めて遠回りに、たくさんの言葉やレトリックを駆使…

アリ・スミス『春』

春 (新潮クレスト・ブックス) 作者:アリ・スミス 新潮社 Amazon イギリスのEU離脱をめぐる4部作の一冊目。本作では文学と政治が混交している。文学でありながら同時に政治であり、政治でありながら同時に文学であるのだ。文学の原理であるストーリーや感情…

滝口悠生『水平線』

水平線 作者:滝口悠生 新潮社 Amazon 広い世界で生きるのは大事だ。それは自らの内面と外面を豊かにする。そんなことを改めて感じさせてくれる小説だ。滝口らしく、登場人物の人間関係や血縁関係、歴史的な出来事と現在のつながりなどが緊密に描かれている。…

アリ・スミス『両方になる』

両方になる (新潮クレスト・ブックス) 作者:スミス,アリ 新潮社 Amazon なんというか、二項対立的な認識だったり図式的な認識だったり、そういうものを絶えず突き崩しながら常に新しいものを作り出していこうという感じのエキサイティングな本。男女、現在と…

伊藤たかみ『はやく老人になりたいと彼女はいう』

はやく老人になりたいと彼女はいう (文春e-book) 作者:伊藤たかみ 文藝春秋 Amazon 登場人物それぞれの観点から織りなされる熱気を感じさせる物語。この小説は人間関係や人生の密度が高いと感じる。そこから感じられる息苦しさは、まさに人間が生きることの…

デニス・ジョンソン『海の乙女の惜しみなさ』

海の乙女の惜しみなさ 作者:デニス・ジョンソン 白水社 Amazon 老いや病、死といったテーマをユーモアを交えながら描いている。予兆された不幸な未来として、重く鋭く刺さってくる作品が多い。そのようなテーマを扱いながら、ユーモアにより人生の毒を解毒し…

朝吹真理子『TIMELESS』

TIMELESS 作者:朝吹真理子 新潮社 Amazon ある家族の記録を美しく描いた作品。小説が通常時間と格闘する泥臭いものだとするならば、この小説はその時間との格闘をうまくスルーしているかのようだ。小説が人生を描くことでその時間性を獲得するものだとするな…

川上弘美『某』

某 (幻冬舎文庫) 作者:川上 弘美 幻冬舎 Amazon 一人の人間でありながら、姿かたちや心まで違う別人格に何度も生まれ変わる人々の物語。それを人間と呼べるかどうかはわからないが、そのような生き方をする生物が多数存在する世界の話。この小説は、別の人に…

ジョーン・エイキン『ルビーが詰まった脚』

ルビーが詰まった脚 作者:ジョーン・エイキン 東京創元社 Amazon 不思議な感覚を伴う物語だ。日本文学に慣れ親しんだものからすると、これこそエキゾチックな文学だと思うだろう。だが、ここにあるのは異国性というよりは話の性質によるエキゾチシズムなのだ…

バイヤーニ『家の本』

家の本 (エクス・リブリス) 作者:アンドレア・バイヤーニ 白水社 Amazon 人間の人生を家を主人公として語っている異色の小説。断章形式で形成されているが、それぞれの断章は「○○年○○の家」という見出しで、家を主語としてそこで展開される物語が描かれる。…

佐藤厚志『荒地の家族』

荒地の家族 作者:佐藤厚志 新潮社 Amazon 人生のどうしようもなさ、人間の不自由さを描いた作品だと思う。主人公は大地震に起因して最初の妻を亡くし、再婚した妻は流産して離婚となる。労働現場でのハラスメントの描写もある。このように、人間の運命という…