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広田修の書評とエッセイ

小説

ミラン・クンデラ『冗談』(岩波文庫)

冗談 (岩波文庫) 作者:ミラン クンデラ 岩波書店 Amazon 本作は、ミラン・クンデラのデビュー作である。この小説を読んで感じたのは、徹底的に俗事を書いていることの潔さである。小説に詩的要素が含まれている時に感じるのは、小説がどこか俗事を超越した次…

九段理江『しをかくうま』(文芸春秋)

しをかくうま (文春e-book) 作者:九段 理江 文藝春秋 Amazon 脱魔術化が完了したかのように思える現代世界の中で、それでも呪術的な部分を太古から連綿と継承していることを示しているように思える。人と馬とのかかわりを、太古から現代にいたるまでたどって…

残雪『突囲表演』(河出書房新社)

突囲表演 (河出文庫) 作者:残雪 河出書房新社 Amazon 社会がカオスであることを、ある男女の姦通をめぐるゴシップでもって示している。この男女というものが、そもそも年齢について奇怪極まる諸説紛々があったり、外見について奇怪極まる諸説紛々があったり…

ソン・ウォンピョン『アーモンド』(祥伝社)

アーモンド 作者:ソン・ウォンピョン 祥伝社 Amazon いつもとは毛色の違う本を一冊。本屋大賞の本だと知っていたら借りなかったと思う。いつも純文学ばかり読んでいると、こういうライトな本はとても物足りない。私が思うのは、大衆文学と純文学の違いはどこ…

ハン・ガン『別れを告げない』(白水社)

別れを告げない 作者:ハン・ガン 白水社 Amazon ハン・ガンの小説は痛みに満ちている。それは個人の感受性の痛みであったり、個人の肉体の痛みであったり、社会の痛みであったり、世界の痛みであったりする。そのように次元の異なる痛みが互いに構造を作って…

アブドゥルラザク・グルナ『楽園』(白水社)

楽園 (グルナ・コレクション) 作者:アブドゥルラザク・グルナ 白水社 Amazon 本書は、東アフリカの文化や歴史、人々の思想や生活を伝えてくる淡々とした小説である。日本とは大幅に異なるその社会の構造や人々の振る舞いについていろいろと学ぶところの多い…

ジョゼ・サラマーゴ『見ること』(河出書房新社)

見ること 作者:ジョゼ・サラマーゴ 河出書房新社 Amazon 政府と人民との争いが、ものすごく精緻に描かれている。この記述の密度は圧倒的であり、権力側と人民側が軋轢を起こすだけでものすごくたくさんの出来事が起こるということがありありと伝わってくる。…

アニー・エルノー『場所』(早川書房)

場所 作者:アニー エルノー 早川書房 Amazon アニー・エルノーは、この小説で自らの父親の輪郭を上手に描き出している。学問を嫌い、世間体を気にし、他人から見られても恥のないように気を配っていた父親の姿を、まことに輪郭をくっきり際立たせて描いてい…

アニー・エルノー『シンプルな情熱』(早川書房)

シンプルな情熱 (ハヤカワepi文庫) 作者:アニー エルノー 早川書房 Amazon 本書は、アニー・エルノーが自らの恋愛について事細やかに描いた作品である。アニーの作品には誠実さと明晰さが見て取られる。誠実さによって相手と真摯に向き合い、相手との距離を…

アニー・エルノー『ある女』(早川書房)

ある女 作者:アニー エルノー 早川書房 Amazon アニー・エルノーによる自身の母親の生涯。一人の人間が生きる、その人生が存在するというだけで、とてつもない熱量・エネルギーが放出されるのだということに気付かされる。本作は、母親の生涯を丁寧に生々し…

アニー・エルノー『若い男、もうひとりの娘』(早川書房)

若い男/もうひとりの娘 作者:アニー エルノー 早川書房 Amazon 簡潔な文体によって他者を多角的にしなやかに描いている。著者はきわめて強靭な精神を持っており、他者と真摯に向き合い、その他者とのかかわりをありとあらゆる角度から描いていく。若い男に…

ヨン・フォッセ『朝と夕』(国書刊行会)

朝と夕 作者:ヨン・フォッセ 国書刊行会 Amazon 本書は、さながらクラシック音楽の一幕を聴くかのような圧倒的な出来栄えの作品だった。ヨハネスの誕生については幾分速めで感動的な楽章。ヨハネスの日常生活についてはなだらかでリラックスできる楽章。ヨハ…

ヴァージニア・ウルフ『波』(早川書房)

波〔新訳版〕 作者:ヴァージニア・ウルフ 早川書房 Amazon モダニズムの手法の一つとして分析があると思う。本作は分析の手法を最大限に生かし、文学の異化作用を如実に発揮させている作品である。波や若者たちの暮らしがいろんな角度から分析され、通常とは…

ハン・ガン『ギリシャ語の時間』(晶文社)

ギリシャ語の時間 作者:ハン・ガン 晶文社 Amazon 言葉を失う女性と視力を失うギリシャ語教師との物語。女性は言葉だけでなく自らの子供も裁判で失ってしまうし、教師はかつて親友を失っている。とにかく喪失の物語だ。我々は存在が完全であることにより自尊…

ハン・ガン『そっと 静かに』(クオン)

そっと 静かに (新しい韓国の文学 18) 作者:ハン・ガン,古川 綾子 CUON Amazon 本書はハン・ガンによる、ポピュラーソングをめぐるエッセイ集である。我々は、ポピュラーソングに愛着を持つと同時に、ポピュラーソングと人生の一時期が結びついており、お気…

ハン・ガン『すべての、白いものたちの』(河出文庫)

すべての、白いものたちの (河出文庫) 作者:ハン・ガン 河出書房新社 Amazon 白という色は、決して派手ではないが美しい。その美しさは、微細な顫えを周りに伝えていくかのような、そして周りがその美しさに共に顫えていくような、そういう美しさだ。生まれ…

高瀬隼子『新しい恋愛』(講談社)

新しい恋愛 作者:高瀬隼子 講談社 Amazon 非定型な恋愛をつづった作品集。だが、実際にはこのような、相思相愛にきれいに落ち着かない非定型な恋愛の方が多いのかもしれない。バレンタインデーにチョコをもらうだけの関係とか、親しくしていた相手が急に仕事…

高瀬隼子『いい子のあくび』(集英社)

いい子のあくび (集英社文芸単行本) 作者:高瀬隼子 集英社 Amazon 割と露悪的であるが、人間の本質をついていると思わせる作品だった。主人公は、他人のことについていちいち嫌悪感を抱いたり、上から目線で評価したり赦したりする。ある意味年若い女性にあ…

上田岳弘『多頭獣の話』(講談社)

多頭獣の話 作者:上田岳弘 講談社 Amazon ミステリー的な展開に様々な思想が織り込まれており、重厚なつくりとなっている。中でも特徴的なのが、YouTuberロボットによる「世界には生きる価値がない」という思想である。私はこの思想を前にして目からうろこが…

トーン・テレヘン『おじいさんに聞いた話』(新潮社)

おじいさんに聞いた話 (新潮クレスト・ブックス) 作者:トーン・テレヘン 新潮社 Amazon 人間というものは、体験を経て年を経るごとに、どんどん掌編小説集として充実していくものだと思った。人間は出来事を物語のスキームで認識するから、自分の経験も基本…

鈴木涼美『グレイスレス』

グレイスレス 作者:鈴木 涼美 文藝春秋 Amazon AV業界の生活史のひとつのように読んだ。生活史であるから、その業界の人間がどのような生活を送っているかについて記述しており、ポルノグラフィー的な扇情的な要素は一切ない。読む者に性的刺激を与える作品…

鈴木涼美『ギフテッド』(文芸春秋)

ギフテッド 鈴木涼美著 ノーブランド品 Amazon 本作は、母と娘とののっぴきならない関係を描いていると思う。母と娘の関係というものは独特で、斎藤環や信田さよ子の論考を読んでもわかる通り、そこには愛情や血縁以上のものがある。母と娘の間には「同一性…

サンダー・コラールト『ある犬の飼い主の一日』(新潮社)

ある犬の飼い主の一日 (新潮クレスト・ブックス) 作者:サンダー・コラールト 新潮社 Amazon 本作は、虚構でありながら現実の我々の人生に肉薄してくる、寄り添ってくる作品である。主人公はどこにでもいる平凡な人間であり、その平凡な人間の平凡な生活が記…

エミネ・セヴギ・エヅダマ『母の舌』(白水社)

母の舌 (エクス・リブリス) 作者:エミネ・セヴギ・エヅダマ 白水社 Amazon 本作は、政治的混乱から免れるためトルコからドイツへと移住してきた女性を主人公としている。この移民の問題は実に複雑な問題系を形成しているのだということが本書を読むと分かる…

ジュリー・オオツカ『スイマーズ』(新潮社)

スイマーズ新潮社ジュリーオオツカ(単行本(ソフトカバー)) ノーブランド品 Amazon 本作は、運動用プールにおける情景や、認知症になった母親の在り方について、非常に繊細かつ詳細に描写している美しい本である。具体性が際立っており、羅列されていく詳…

呉明益『眠りの航路』(白水社)

眠りの航路 (エクス・リブリス) 作者:呉明益 白水社 Amazon 本作は、人間に根源的にひそめられた暴力について書いているように思える。睡眠のリズムが狂い、睡眠時の行動障害が現れるようになった主人公と、主人公の父、主人公が見る不条理な夢、それぞれの…

クオ・チャンシェン『ピアノを尋ねて』(新潮社)

ピアノを尋ねて (新潮クレスト・ブックス) 作者:クオ・チャンシェン 新潮社 Amazon どんな喪失があろうとも人生は残酷に続いていく。調律師はかつて天才ピアニストだったが挫折している。林サンは妻を亡くしている。そのような大きな喪失があっても、なお人…

ヨン・フォッセ『三部作』(白水社)

三部作【トリロギーエン】 作者:ヨン・フォッセ 早川書房 Amazon ヨン・フォッセの作品には崇高を感じる。その文体的緊密さと張りつめた緊張、矛盾や不条理が、我々の想像力を超えた力を持っていて、そのスケールの大きさが崇高の感情を生むのである。初めに…

鈴木結生『ゲーテはすべてを言った』(朝日新聞出版)

ゲーテはすべてを言った 作者:鈴木 結生 朝日新聞出版 Amazon アカデミックな社会の掟や生活様式がわかってきて面白い。資料の捏造などはアカデミックな社会においては犯罪なのだろうが、ほかの社会ではそれほど問題にならない。それ以外にも、全体的にアカ…

ローベルト・ゼーターラー『ある一生』(新潮社)

ある一生 (Shinchosha CREST BOOKS) 作者:ローベルト・ゼーターラー 新潮社 Amazon この主人公の人生には、裸形の人生がある。思想や理論で武装されていない素裸の人生がある。邪念もなければ復讐もない。ただ起きた出来事をすべてありのまま受け入れる。だ…