albatros blog

広田修の書評とエッセイ

ナターシャ・ヴォーディン『彼女はマリウポリからやってきた』

 自らの出自を辿る物語。主に自分の母親のルーツを探る過程の物語だ。少ない写真と書類とおぼろげな記憶をもとに、調査組織の手助けを受けて自らの母親がどういう家族構成を持っていて、どのような人生を辿ったかを探っていく。これは一つの「自分探し」の物語である。母親について調査することで、主人公は自らの輪郭を明らかにしようとしている。母親について知るということはまさしく自らについて知るということであり、それは主人公のアイデンティティの存続にとってとても重要なのである。

 このように、初めは空白であった物語のアウトラインが徐々に埋められていくことには独特のスリルが伴う。主人公にとっては失われていたものを取り戻す物語となっている。そして、家族の系譜というものは主人公にとってかけがえのないものであり、それは自己を形成する。母親について調査することにより、主人公は自己の形成をある程度行っていると言える。