albatros blog

広田修の書評とエッセイ

佐峰存『雲の名前』

 淡々と知的で繊細な描写が続いていく詩集であるが、その表面とは裏腹に、その背面、あるいははるかかなたでは非常にきな臭い出来事が起こっている。人間の情熱の炎だけではなく、社会的な争いや、何もかもと無関係に燃え続ける永劫の炎などがその端正な詩句の背後に見え隠れする。このような虚と実、どちらが虚でどちらが実であるかはわからないが、そういう多層構造が隠されているのが本詩集だと思う。

 最近穏やかなようで不穏な詩集が増えた気がする。それは今の社会情勢や世界情勢を反映しているのだろうし、詩人の感受性がそこにまで及ぶようになったことの表現だろうと思う。ただ端正なだけの詩集だと、何だ表面の技巧だけか、と批判できるが、内に秘めたものが透けて見えると途端に詩集が奥深く感じられる。優れた一冊だ。