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広田修の書評とエッセイ

日本文学

燃え殻『夢に迷って、タクシーを呼んだ』

夢に迷って、タクシーを呼んだ 作者:燃え殻 扶桑社 Amazon 燃え殻氏の雑誌連載エッセイ集第二弾である。著者は、基本的に「負け」の姿勢を貫いている。この世の中では傷つける側ではなくいつでも傷つく側人間である。そして、他人が傷つくことにも敏感で、他…

乗代雄介『旅する練習』

旅する練習 作者:乗代雄介 発売日: 2020/12/28 メディア: Kindle版 本作品では、サッカー選手になることを夢見る小学六年生の女子の活き活きした情景が活写される。だが、この少女はいずれ事故にあってしまう。それだけではなく、会社に内定が決まったのに内…

乗代雄介『最高の任務』

最高の任務 作者:乗代 雄介 発売日: 2020/01/11 メディア: 単行本 ヒロインは子供のころおばから日記帳を渡される。ヒロインが大学を卒業してから旅行などする合間にその日記帳の中身を回顧するというお話。日記を書くという行為は内省をする行為であり、人…

砂川文次『戦場のレビヤタン』

戦場のレビヤタン (文春e-book) 作者:砂川 文次 発売日: 2019/01/31 メディア: Kindle版 本書は戦争が頻発する地域に警備会社の社員として施設の警備に赴いた元自衛官の語りという構成をとっている。その近辺では常に戦争が起こっており、実際主人公が警備し…

乗代雄介『十七八より』

十七八より 作者:乗代雄介 発売日: 2015/09/25 メディア: Kindle版 この作品は乗代のデビュー作である。デビュー作ゆえの余裕のなさは感じるのだが、その余裕のなさは作品を書くにあたって自らの能力を最大限発揮しようとしているところから生じるのだと思う…

荻野アンナ『カシス川』

自身の大腸がんの闘病記であると同時に母との関係や母の死をつづった作品でもある。本作品はルポルタージュやノンフィクションではなく、あくまで小説として書かれているので、文章には様々な小説的な仕掛けが施されている。一番の仕掛けはユーモアであろう…

楊逸『流転の魔女』

この作品にはヒロインが二人いて、一人は中国人の留学生であり、もう一人は5千円札を擬人化した「おせんさん」である。中国人留学生の物語は平凡なのであるが、紙幣を擬人化しその視点から世界を記述するというパースペクティブの設定が本書の魅力なのであ…

遠野遥『破局』

破局 作者:遠野遥 発売日: 2020/07/04 メディア: Kindle版 若者にありがちな心理と行動を描いた作品。主人公は大学生、刹那的・感覚的で深い思慮を持っていない。なんとなく安定といわれる公務員を志望し、なんとなく恋人と別れ新しい恋人と付き合う。作品中…

青山七恵・刀根里衣『わたし、お月さま』

わたし、お月さま 作者:青山 七恵,刀根 里衣 発売日: 2016/11/08 メディア: 大型本 お月さまが昔やってきた宇宙飛行士を探して、小さな黄色いボールとなって地球を旅する話。お月さまは宇宙飛行士に再会し、宇宙へ帰っていく。この絵本で斬新なのは、月が地…

綿矢りさ『しょうがの味は熱い』

しょうがの味は熱い (文春文庫) 作者:綿矢りさ 発売日: 2015/06/05 メディア: Kindle版 同棲して三年たつカップルがなかなか結婚に踏み切れずいたところ、ようやく結婚に至るというお話。だが、結婚よりもカップルが二人で暮らすことに関する心理的ディテー…

いもとようこ『かぜのでんわ』

かぜのでんわ 作者:いもとようこ 発売日: 2014/02/17 メディア: 大型本 丘の上に据えられた電話は、もう会えなくなった人へ話しかけるとそれがその人に届くと言われている。家族を亡くした動物たちが続々電話を掛けに来る。そしてあるとき急に電話が鳴りだし…

大川悦生・渡辺三郎『三ねんねたろう』

三ねんねたろう (むかしむかし絵本 8) 作者:大川 悦生 メディア: 単行本 いくら働いても暮しが楽にならないねたろうは、苦しみあぐねて眠り続けてしまう。寝ているねたろうのことをいろんな人がからかう。だが、目覚めたねたろうは農地を豊かにする方法を思…

結城信一『セザンヌの山・空の細道』

セザンヌの山・空の細道―結城信一作品選 (講談社文芸文庫) 作者:結城 信一 メディア: 文庫 結城信一の作品には一定のテーマがあり、それは存在しないかもはや会うことのない女性や少女への情熱的な恋情である。もはや死んだ妻や娘への強い愛情を示したり、恋…

えがしらみちこ『ゆきみちさんぽ』

ゆきみちさんぽ (講談社の創作絵本) 作者:江頭 路子 発売日: 2016/11/10 メディア: 単行本 女の子が冬のお外を散歩していろんな発見をするお話。ここにあるのは愛と感受性である。女の子は冬の外の世界の音を聞いて、それが何に由来するか発見し喜んでいる。…

乗代雄介『本物の読書家』

本物の読書家 作者:乗代 雄介 発売日: 2017/11/24 メディア: 単行本 この小説はかなり作りこまれている印象を受けた。まず、小説としての本筋の方でもミステリー仕立てでよく作られている。それだけでなく、小説の語りの中に文学研究の語りが挿入され、その…

古井由吉『野川』

野川 (講談社文庫) 作者:古井由吉 発売日: 2012/10/18 メディア: Kindle版 老いに達した著者の身辺雑記的・エッセイ的小説。基本的に大きな筋らしきものは見当たらない。ただ、病気で入院した後に自らの生活に起こったことを淡々と描いていく。友人の死であ…

二宮由紀子、あべ弘士『ねえどっち?』

ねえどっち? (PHPわたしのえほん) 作者:二宮 由紀子 メディア: 大型本 ある日人間の子どもがやってきて、シマウマに「あなたは白い縞のある黒い馬なのか黒い縞のある白い馬なのか?」という問いかけをして去ってゆく。シマウマは答えがわからなくて、この論…

岸田衿子、中谷千代子『かばくん』

かばくん (こどものとも絵本) 作者:岸田 衿子 発売日: 1966/12/25 メディア: 単行本 この絵本ではカバの怠け者で食いしん坊で寝坊助、総じて愛すべき点が描かれている。読むものはカバに対して親愛の情を抱き、カバを近くに感じる。カバは身近な誰かさんかも…

宇佐見りん『推し、燃ゆ』

推し、燃ゆ 作者:宇佐見りん 発売日: 2020/09/10 メディア: Kindle版 圧倒的に現代的な作品である。主人公はデジタル・ネイティブ世代、SNSなどの情報技術に生まれながら接している。そして主人公は特定のアイドルの熱心なオタクであり、発達障害である。…

瀬尾まいこ『卵の緒』

卵の緒 (新潮文庫) 作者:まいこ, 瀬尾 発売日: 2007/06/28 メディア: 文庫 家族の絆を描いた感動的な二つの物語。家族というのは決して血縁だけで成立するものではないことは、夫婦に血縁がないにもかかわらず夫婦が家族になることから明らかであろう。家族…

花田菜々子『シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた「家族とは何なのか問題」のこと』

シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた「家族とは何なのか問題」のこと 作者:花田菜々子 発売日: 2020/03/18 メディア: 単行本 この本はエッセイと自伝的小説の中間の体裁をとっている。ところどころフィクションも混じり、読み物…

柳美里『町の形見』

町の形見 作者:柳美里 発売日: 2018/11/21 メディア: 単行本 震災文学にはどのような機能があるのだろう。私は、震災文学は震災や原発事故の事実を人々の記憶として保存して、その衝撃を保存すると同時にあの震災は何だったのかという問いをも保存するものだ…

高山羽根子『如何様』

如何様 (イカサマ) 作者:高山羽根子 発売日: 2019/12/06 メディア: 単行本 戦争から復員してきた画家は見た目が全くの別人だった。だが、画家としての腕は以前と変わらないし、彼自身にしかできないような技量を発揮する。主人公はこの謎について解明するこ…

阿部昭『未成年/桃』

未成年・桃 阿部昭短篇選 (講談社文芸文庫) 作者:阿部昭 発売日: 2019/02/15 メディア: Kindle版 戦後活躍した阿部昭の短編集。この短編集を読んでいると、人間がこれほど生臭い存在なのだなということに気づいてくる。著者は簡潔な文体を用いているが、その…

燃え殻『すべて忘れてしまうから』

すべて忘れてしまうから 作者:燃え殻 発売日: 2020/07/29 メディア: Kindle版 エッセイ集。すべて忘れてしまうから、忘れないうちに書き留めておこうという姿勢では書かれていない。むしろ、すべて忘れてしまっても別に構わない、それでも物語りたい欲動に突…

高見順『草のいのちを』

草のいのちを 高見順短篇名作集 (講談社文芸文庫) 作者:高見順 発売日: 2015/09/11 メディア: Kindle版 高見順はちょうど近代文学と現代文学の中間のような作品を書いている。戦争の問題であるとか左翼運動の問題であるとか、そういう時代性を反映しながらも…

堀江敏幸『郊外へ』

郊外へ (白水Uブックス―エッセイの小径) 作者:堀江 敏幸 発売日: 2000/07/01 メディア: 単行本 フランスの小説を紹介しながら、それをフランスの風物の中に溶け込ませていくという一種独特のエッセイ。書物を取り上げながらもそれを批評するというわけではな…

『続続・荒川洋治詩集』

続続・荒川洋治詩集 (現代詩文庫242巻) 作者:荒川 洋治 発売日: 2019/06/10 メディア: 単行本(ソフトカバー) これは真に注目に値する詩集だと思う。言葉ひとつひとつに思索の漂う香りがまとっている。一行一行にこれといって難解な展開はないが、その一行…

高山羽根子『オブジェクタム』

オブジェクタム 作者:高山羽根子 発売日: 2018/08/07 メディア: 単行本 高山羽根子の作品には世界を広げていく想像力を感じる。かといって、無理やり世界を大きく展開していくのではなく、狭い世界が実はより大きな世界と接続していたのではないかという可能…

古谷田奈月『神前酔狂宴』

神前酔狂宴 作者:古谷田奈月 発売日: 2019/07/11 メディア: 単行本 神社の結婚式の披露宴を取り仕切るスタッフの話。主人公は若く、自由を好み、辛気臭いことを嫌う。下手をすればただのラノベとなってしまうところをさすが古谷田は上手に描き切る。主人公は…