albatros blog

広田修の書評とエッセイ

結城信一『セザンヌの山・空の細道』

 

  結城信一の作品には一定のテーマがあり、それは存在しないかもはや会うことのない女性や少女への情熱的な恋情である。もはや死んだ妻や娘への強い愛情を示したり、恋というものの一種独特な形態を描いている。それは清潔すぎはしないが何しろ対象がもはや存在しないため、あてどなくさまよい浮遊しやるせない恋情である。この悲しさや悔しさやあきらめなど複雑な感情の伴う恋情を描き続けたことは結城の特質である。

 終始突き動かされるような衝動に満ちた作品群である。だが、その衝動は決して実を結ぶことがなく、中空に放り出されたまま迷い続ける。このあてどのない存在である人間というものを恋愛という相において示しているということ。これが結城信一の小説群がなしえていることだ。結城がなぜこのようなテーマを選んだのかはわからないが、彼の人生経験の中でそのような経験が大きな傷として生きていることが考えられる。