albatros blog

広田修の書評とエッセイ

荻野アンナ『カシス川』

 自身の大腸がんの闘病記であると同時に母との関係や母の死をつづった作品でもある。本作品はルポルタージュやノンフィクションではなく、あくまで小説として書かれているので、文章には様々な小説的な仕掛けが施されている。一番の仕掛けはユーモアであろう。実際の事実にユーモアの粉飾をすることで、その悲惨さを巧妙にずらす。また「猫男」というユーモラスな存在も出てくる。そして視点を「私」から一度変えてみるという仕掛け。母の死については大胆に省略されている。

 私は荻野の作品が好きなのだが、その理由としてはユーモアとウィットが絶妙に効いていることがあげられる。荻野は大学教授というインテリであり、その高い知性から繰り出されるユーモアとウィットがかなりレベルが高いのである。私は才気ある人の書く文章を読むのが大好きで、そのために本を読んでいるようなところもあるのだが、惜しみなく才気を発してくれる荻野の作品を今回も堪能することができて非常に満足であった。