この小説はかなり作りこまれている印象を受けた。まず、小説としての本筋の方でもミステリー仕立てでよく作られている。それだけでなく、小説の語りの中に文学研究の語りが挿入され、その二つの次元を異にする語りの間の飛躍、二つの語りの異なる衝撃力、二つの語りの作り出す重層的な構造、そういうものがこの作品の印象を非常に重厚なものとしているのだ。
ジャンル論など今やあまり意味をなさないほど、この手のジャンル越境的作品は多く書かれてきた。だがやはり作品の行う行為を分類するにあたってジャンル分けは一定の意味を持つ。この小説のジャンルは何かと問われたら、ミステリーといってもいいし、小説と文学研究のハイブリッドといってもいい。極端に言えばジャンルの数は作家の数だけある。新しいジャンルを開拓できる作家ほど豊かな実りをもたらせる作家である。その意味で著者には期待を寄せることができる。