albatros blog

広田修の書評とエッセイ

楊逸『流転の魔女』

 この作品にはヒロインが二人いて、一人は中国人の留学生であり、もう一人は5千円札を擬人化した「おせんさん」である。中国人留学生の物語は平凡なのであるが、紙幣を擬人化しその視点から世界を記述するというパースペクティブの設定が本書の魅力なのであろう。紙幣の視点からすると、財布という狭い空間に押し込められ、様々な臭いのする他の紙幣や貨幣とやりとりするという不思議な世界が出現する。このパースペクティブはおそらく今までなかったのではないか。

 だが、貨幣というものは社会哲学的にも主題になりやすいものであり、そのような社会的な広がりが見られると本書はさらに良くなったかもしれない。本書はあくまで小説の人間臭い世界にとどまっており、そこから社会への跳躍が感じられない。だが、貨幣というものを問題にするならば、そのパースペクティブからもっと世界を広げることもできたはずであり、そのあたりの広がりがなかったのが残念な点である。とはいっても今までにない新たな視点からの世界記述は十分楽しめるものであった。