戦後活躍した阿部昭の短編集。この短編集を読んでいると、人間がこれほど生臭い存在なのだなということに気づいてくる。著者は簡潔な文体を用いているが、その簡潔な文体が描いているのは清潔な人間などではなく、生きることで様々なにおいを発する生身の人間なのである。死のにおいや性のにおい情念のにおいなど、ここに描かれる人間はとても生きている感じがする。
かといって、著者の描くものはメロドラマなどではなく、淡々とした人生の流れである。そこに人間の生々しい現実を込めていく手腕が巧みである。内省や装飾の少ない文体で、ただ事実を淡々と描くところに、不思議なほど人間の人間らしさが香ってくるのだ。この生活のにおいというもの、人生のにおいというものに満たされたこの作品集は、決して生易しいものではない。かなり人生の深いところを突いているように思われる。