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広田修の書評とエッセイ

小説

川上弘美『某』

某 (幻冬舎文庫) 作者:川上 弘美 幻冬舎 Amazon 一人の人間でありながら、姿かたちや心まで違う別人格に何度も生まれ変わる人々の物語。それを人間と呼べるかどうかはわからないが、そのような生き方をする生物が多数存在する世界の話。この小説は、別の人に…

ジョーン・エイキン『ルビーが詰まった脚』

ルビーが詰まった脚 作者:ジョーン・エイキン 東京創元社 Amazon 不思議な感覚を伴う物語だ。日本文学に慣れ親しんだものからすると、これこそエキゾチックな文学だと思うだろう。だが、ここにあるのは異国性というよりは話の性質によるエキゾチシズムなのだ…

バイヤーニ『家の本』

家の本 (エクス・リブリス) 作者:アンドレア・バイヤーニ 白水社 Amazon 人間の人生を家を主人公として語っている異色の小説。断章形式で形成されているが、それぞれの断章は「○○年○○の家」という見出しで、家を主語としてそこで展開される物語が描かれる。…

佐藤厚志『荒地の家族』

荒地の家族 作者:佐藤厚志 新潮社 Amazon 人生のどうしようもなさ、人間の不自由さを描いた作品だと思う。主人公は大地震に起因して最初の妻を亡くし、再婚した妻は流産して離婚となる。労働現場でのハラスメントの描写もある。このように、人間の運命という…

田中慎弥『ひよこ太陽』

ひよこ太陽 作者:慎弥, 田中 新潮社 Amazon 作家の日常を描いた作品。特に大きな事件もなく、淡々と中年の独身男の日常が記される。小説というよりはエッセイに近いが、小説としての強度は十分備えていると言えよう。ここに何も特別なものはなく、ただ主人公…

高瀬隼子『犬のかたちをしているもの』

犬のかたちをしているもの (集英社文庫) 作者:高瀬隼子 集英社 Amazon 高瀬隼子のデビュー作。本作の主人公はクールで他人と自分の違いに敏感だ。他人と自分の違いに突っ込みを入れつつ、そこにユーモアを感じ楽しんでいるように見える。中でも、自分と対照…

安堂ホセ『ジャクソンひとり』

ジャクソンひとり 作者:安堂ホセ 河出書房新社 Amazon 現代の東京に住むブラックミックスたちの物語。この作品は文体は日本語であるが、スピリットは黒人である。本来なら翻訳調の文体で読むはずの内容が日本語で書かれている。この作者のスピリットは、乾い…

ムージル『寄宿生テルレスの混乱』

寄宿生テルレスの混乱 (光文社古典新訳文庫) 作者:ムージル 光文社 Amazon 人生を微細に感受し微細に表現したみずみずしい作品。若さゆえの感受性の鋭さと混乱があり、その機微をとらえているところに作品のひらめきを感じた。文学者の資質というものは、ま…

藤野可織『来世の記憶』

来世の記憶 作者:藤野 可織 KADOKAWA Amazon 芥川賞作家の短編集。奇想とでもいうべきプロットを展開し、想像力・妄想力を自由自在に展開する。割とグロテスクなものもあり、藤野の好みというかそういうものが見えてくるような気がする。ライトなSF調のもの…

赤坂真理『箱の中の天皇』

箱の中の天皇 作者:赤坂 真理 河出書房新社 Amazon 本作は、主人公が変幻自在にいろんな登場人物に成り代わり、かつ時代も超えていくというプロットではあるが、プロット自体は重要なのではなく、結局は天皇について批評したいのだと思う。天皇がどのような…

綿矢りさ『生のみ生のままで』

生のみ生のままで 上 (集英社文庫) 作者:綿矢りさ 集英社 Amazon 生のみ生のままで 下 (集英社文庫) 作者:綿矢りさ 集英社 Amazon 女性同士の恋愛を純文学として描いた本。愛は階級を超え、人種を超え、性別も超えようとしている。昨今のLGBTの議論とは全く…

上田岳弘『引力の欠落』

引力の欠落 作者:上田 岳弘 KADOKAWA Amazon 壮大で緻密な哲学的構想に基づく作品。上田の観念的な作品構築能力は健在であるが、上田の作り上げる構造体は多様な解釈に開かれている。世界がいくつかのクラスターで形成されているが、そのうち引力の担当者が…

李琴峰『ポラリスが降り注ぐ夜』

ポラリスが降り注ぐ夜 (ちくま文庫 りー 9-1) 作者:李 琴峰 筑摩書房 Amazon この小説を読んで、私はヴィクトル・ユゴーの『死刑囚最後の日』を思い出した。ユゴーは同著で死刑囚の心理を生々しく描き、死刑囚の苦悩や悲惨さ、ひいては死刑制度の非道さを説…

川上未映子『ウィステリアと三人の女たち』

ウィステリアと三人の女たち (新潮文庫 か 64-4) 作者:川上 未映子 新潮社 Amazon 川上未映子の作品がこれだけのポピュラリティを得ているというのは結構面白いと思う。というのも、川上はどちらかというと王道の小説というよりも論理性の強い小説を書くから…

閻連科『年月日』

年月日 (白水Uブックス) 作者:閻連科 白水社 Amazon 小説全体が人生を比喩しているという意味で、ヘミングウェイの『老人と海』に比肩するくらいの名作である。『老人と海』が老人と魚の戦いによって人生の挫折と努力を描いたとするならば、本作はそれに加え…

高橋弘希『スイミングスクール』

スイミングスクール 作者:弘希, 高橋 新潮社 Amazon 事実の強度が感情の強度を暗示的に示している作品。この小説を読んでまず気づくことは、登場人物の家族にまつわるエピソードが極めて濃密に描かれていることだ。その家族の事実について登場人物の心情は取…

今村夏子『むらさきのスカートの女』

むらさきのスカートの女 (朝日文庫) 作者:今村 夏子 朝日新聞出版 Amazon 語り手の位置が不透明でつくりに工夫がみられる小説。「むらさきのスカートの女」の顛末を「黄色いスカーフの女」が語るのだが、あたかも後者が前者の別人格あるいは執拗なストーカー…

乗代雄介『皆のあらばしり』

皆のあらばしり 作者:乗代 雄介 新潮社 Amazon 学生と中年の男との軽快なやり取りを描いた作品。学生と男では人生のステージが違う。人間は不可逆的に成熟していくわけであるが、学生はいまだに若者の段階、男は様々な経験を経て「人生の職人」とでも言えそ…

今村夏子『木になった亜沙』

木になった亜沙 (文春e-book) 作者:今村 夏子 文藝春秋 Amazon 本作は、自分が与えるものをだれにも受け取ってもらえない少女が主人公だ。贈与というのは人間の共同体の基礎にある関係であり、お互いに贈与しあうことで人は人と人との共同体のネットワークに…

上田岳弘『旅のない』

旅のない 作者:上田岳弘 講談社 Amazon コロナウィルスのパンデミックは経済的な停滞を生み出した。本書はパンデミック下で書かれた短編を収めている。コロナによって人々は通常の活動を自粛することを要請された。だがそれは、ある意味人々に休息を与えたの…

上田岳弘『塔と重力』

塔と重力 作者:岳弘, 上田 新潮社 Amazon 非常に重層的に作りこまれた稠密な作品である。一人の青年の日常に、哲学的なモチーフや超越的な語りの審級が持ち込まれ、内容が重層化している。主人公は地震のときに閉じ込められた経験から特殊な世界観を持つよう…

絲山秋子『御社のチャラ男』

御社のチャラ男 作者:絲山 秋子 講談社 Amazon 日本の会社組織を風刺した作品である。舞台となるのは典型的なブラック企業である。といっても、そこで働く人間の苦しみを描くというより、ひたすらそこで働く人間や会社の仕組みの滑稽さを書き綴っている。経…

町屋良平『ふたりでちょうど200%』

ふたりでちょうど200% 作者:町屋良平 河出書房新社 Amazon 二人の若者のストーリーがどんどん変奏されていく音楽的な作品だ。ライトモチーフはいくつかあるが、それがそれぞれの編ごとに変奏されていき、変奏曲のような音楽的な構造を作り出す。この小説につ…

川上未映子『夏物語』

夏物語 (文春文庫) 作者:川上 未映子 文藝春秋 Amazon 無駄のない筆致で描かれた人生の詩情を感じさせる作品だった。現代日本の停滞して閉塞している状況の中で、みんな不幸ながらにひそやかに生きている。そのひそやかな生きざまに宿る美しさ、切なさ、そう…

高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』

おいしいごはんが食べられますように 作者:高瀬隼子 講談社 Amazon 人が生活していく中で出会う、矛盾・軋轢・違和について書いている小説。とはいっても、何らかの政治的信条への違和とか、所与の労働環境への違和とか、目標達成の際に生じる軋轢とか、そう…

ガルシン『あかい花』

あかい花―他四篇 (1959年) (岩波文庫) 作者:ガルシン Amazon 精神病や戦争、権力による抑圧の悲惨さを告発した小説。小説の良いところは新聞記事とは異なり、そこに無駄な細部があるということである。その無駄な細部こそが、苦しんでいる人の置かれた状況や…

フーケー『水妖記』

水妖記―ウンディーネ (岩波文庫 赤 415-1) 作者:フーケー 岩波書店 Amazon 人間と妖精との間の恋愛悲劇。ドイツでは「若きヴェルターの悩み」と同じくらいよく読まれている古典だそうである。騎士は水の精と恋に落ち結婚するが、相手の素性などがわかるにつ…

村田沙耶香『信仰』

信仰 (文春e-book) 作者:村田 沙耶香 文藝春秋 Amazon 短編・エッセイ8編を収めたもの。基本的にカリカチュアライズの手法をとっている。今現実に起こっていることについて、一部の特徴を誇大化して見せる。それはすごく哲学的なことのように思うのだが、本…

宇佐見りん『くるまの娘』

くるまの娘 作者:宇佐見りん 河出書房新社 Amazon 「家族」というひとつの地獄について書かれた小説。DV、モラハラ、共依存、病気などについて書かれている。ここに描かれた家族は父親による暴力がひどく、それによって主人公などが病んでいるから地獄の度合…

石井遊佳『百年泥』

百年泥 (新潮文庫) 作者:石井 遊佳 新潮社 Amazon 短い作品の中に水準の違う語りを上手に詰め込んだ感じがした。インドで日本語教師として働く主人公が、現地で大雨に見舞われ、町中水だらけで泥だらけになる。百年前の泥が町中にあふれ出てきたようで、死人…