albatros blog

広田修の書評とエッセイ

上田岳弘『塔と重力』

 

 非常に重層的に作りこまれた稠密な作品である。一人の青年の日常に、哲学的なモチーフや超越的な語りの審級が持ち込まれ、内容が重層化している。主人公は地震のときに閉じ込められた経験から特殊な世界観を持つようになり、また同時にわけもなく涙が出るという心身症の症状に見舞われるようになった。ここで出てくる世界観はまさに「生きられた哲学」であり、思弁的に作り上げられるのではなく、自らの経験や発想に基づき自ら生きていく考え方なのである。そしてそれは心身症とともにあるということが重要だ。

 一つの極限的な経験が不可逆的な変化をもたらすということ。その不可逆的な変化は重層的であり、多角的である。人生においてそのような経験はいろいろあると思う。例えば大きな失恋を経験したとか、子どもが生まれたとか、人間の生きられた哲学を生み出す経験は様々だ。そしてそれは常に進行中なのである。我々の人生において、いつ何が起こりそれがどんな変化を自らに及ぼすか予想がつかない。そんなことを考えさせてくれる作品だった。