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広田修の書評とエッセイ

ロンドン『白い牙』

 

白い牙 (光文社古典新訳文庫)

白い牙 (光文社古典新訳文庫)

 

  本小説では、オオカミが生まれ、母と暮らし、荒野で生き延び、人間に買われて闘犬になったり橇の犬になったり、最後には飼いならされたりした際のオオカミの内面を言語化している。本小説は言語を持たないオオカミの内面を言語化するという非常に困難なことをやってのけている。

 オオカミが抱くのは感情というよりは情念であり、認識というよりは知覚である。感情や認識を生み出す統覚が十分働いていないからである。そこに感情の萌芽や認識の萌芽を見出しているのがロンドンの慧眼である。挙句の果てには、オオカミは人間に対して一種の宗教的感情を抱いているかのように描かれている。

 戦闘シーンなどダイナミズムに満ちた作品であるが、それ以上にオオカミの内面のダイナミズムが素晴らしい。ここまでよく想像できたと思う。これが動物学的に正確かどうかはそれほど重要ではない。ただこの困難な試みに果敢に挑んだことを高く評価したい。