albatros blog

広田修の書評とエッセイ

砂川文次『ブラックボックス』

 

 人間の暴力的な暗部を描いた作品だが、それよりもこの物語は、ある種の成熟の物語なのではないかと思った。それは、人生に対してマインドレスな状態から、人生に対してマインドフルな状態への移行の物語ではないか。主人公は税金の取り立てに来た役人に暴力をふるって刑務所に入るが、そこでの暮らしは「終わり」ではなかった。「終わり」などという雑で大雑把なくくりでとらえられない様々な生活の手続きがあり、生きるということは「遠くに行きたい」「終わり」などという漠然としたものでとらえられるものではなく、膨大な些事の積み重ねであるということに若い主人公は気づく。

 このように人生、そして社会というものは細やかな光に満ちている。一つ一つは小さなことでも、一つ一つに楽しみがあり喜びがある。新聞を眺めれば社会で様々な出来事が起こっていることがわかる。この、人生や社会が小さな手続きの積み重ねで大きなうねりを作っていくということに気付くこと。これは人間の成熟の一段階ではないだろうか。私は本作にその辺を読み取った。