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広田修の書評とエッセイ

モディアノ『パリ 環状通り』

 

パリ環状通り 新装版

パリ環状通り 新装版

 

  主人公はかつて別れてしまった自らの父との接触を試みる。父は相変わらず詐欺じみた稼業に手を染めていて、仲間たちからも軽く扱われている。主人公がかつて父とともに仕事をしていた時も、古書の献辞を偽造するという詐欺稼業をしていた。そのような社会的に全く価値ないような存在である父に、主人公は執着する。

 というのも、父という存在は唯一性を備えているからだ。そして、父という存在は自らの存在の根拠の一つである。唯一性を備えた自らの存在根拠というものを現代人の多くは失ってきた。宗教や国家などが意味をなさなくなっていく中で、自らの存在を支えてくれる重要な存在である父というもの。これは社会的にいかに軽んじられていようとも本人にとっては絶対的に重要な存在なのである。主人公の執着はそれを端的に示すだろうし、それは読者である我々にとっても同じことだろう。