albatros blog

広田修の書評とエッセイ

田中慎弥『ひよこ太陽』

 

 作家の日常を描いた作品。特に大きな事件もなく、淡々と中年の独身男の日常が記される。小説というよりはエッセイに近いが、小説としての強度は十分備えていると言えよう。ここに何も特別なものはなく、ただ主人公が作家というだけで、あとは中年の独身男の孤独が描かれている。何も救いはないが、かといって救いを求めているわけでもない。ごく普通の生活がここにはある。

 今の時代にこのように作家の日常を小説作品として書く人は少ない。それこそ近代小説の時代ならあっただろうが、現代は虚構性が強めの小説を書く作家が多い。そんな中で文学の伝統芸のような「作家の日常」を書いているのは割と新鮮だった。私としては読みたいのは案外こう言ったリラックスした作品なのかもしれない。技巧やプロットを凝らして感動させてくる作品も読みたいが、作家がリラックスして書き、読者も緊張を強いられないような、こういう緩いものをどこかで読みたいと思っていたような気がする。