albatros blog

広田修の書評とエッセイ

乗代雄介『皆のあらばしり』

 

 学生と中年の男との軽快なやり取りを描いた作品。学生と男では人生のステージが違う。人間は不可逆的に成熟していくわけであるが、学生はいまだに若者の段階、男は様々な経験を経て「人生の職人」とでも言えそうな段階にいる。そのような人間の成熟の軸が一方にある。他方で、二人が共有する話題である歴史学は人間の成熟とは無関係で、人生のどの段階にあっても共有可能な普遍性を持つ。このような歴史学の普遍的で水平的な軸がもう一方にある。

 このように、人間の不可逆的で垂直な成熟の次元と、歴史学の普遍的で水平な次元が交差しながらこの物語は進んでいく。軽快でユーモアに満ちた会話と、歴史学のスリリングな展開。最後のオチも痛快であり、楽しく読めた。人生にはたくさんの技がある。人生は技術的に熟練していく過程でもあり、それを若者に知らせる男の存在というものはビルドゥンクスロマンにとって象徴的な意味合いを持つと思う。人生の技巧性というものを巧みに示す本作はなかなか興味深かった。