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広田修の書評とエッセイ

ジイド『法王庁の抜け穴』

 

法王庁の抜け穴 (岩波文庫 赤 558-3)

法王庁の抜け穴 (岩波文庫 赤 558-3)

 

  アンドレ・ジイドといえば、『狭き門』や『田園交響楽』といった「愛と信仰」をテーマにした作品が有名である。それに対して本作は全く俗っぽく、現実社会の愚かさを活写している。ジイドには信仰をモチーフとする聖なる作品群と、本作を代表とするような俗なる作品群があるのだと思う。

 本作で登場人物は怪しげな生物実験をしていたり、信仰に目覚めることで後ろ盾を失ったり、売れない作家だったり、詐欺事件に加担したり、動機のない殺人を犯したりしている。人間が現実社会で生きていく中で、加担せずにいられない様々な俗事、それをジイドは活き活きと描く。これは現実社会の風刺というよりはむしろ著者の現実社会への愛の表出なのではないだろうか。著者は愛や信仰を重んずる一方、そのような高みに達せない俗人を限りなく愛してもいたように思える。それは必ずしも愛や信仰と矛盾せず、むしろ彼の理想が現実社会を眺める際に愛情に転化していたように思えるのだ。