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広田修の書評とエッセイ

古川真人『縫わんばならん』

 

縫わんばならん

縫わんばならん

 

  小説は個人の唯一の人生を超え出るものである。もちろん、読書体験もまたその個人の人生の一部に過ぎないわけであるが、その個人の人生を超えようと限りなく力を発するのが良い小説であろう。本小説は、単に読者の人生を超え出るだけでなく、小説の語り手を複数にすることで、小説の語り手の人生をも超え出ようとする。本小説は三人の視点からある一族について語られるわけであるが、そもそも歴史や血統というものは複数の人間の人生を要するだけの大きな物語なのだ。歴史や血統を語るためには個人の人生を超え出ようとする必要があり、それをやってのけている本作は目を見開かれるような作品の広がりを感じさせる。

 人生の唯一性の超越という、決して果たすことはできないが小説が常に果たそうとしている営みを強く感じた。そして、それは歴史を語るうえでは必須の営みに他ならない。