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広田修の書評とエッセイ

パスカル・キニャール『謎』

 

謎―キニャール物語集 (パスカル・キニャール・コレクション)

謎―キニャール物語集 (パスカル・キニャール・コレクション)

 

  現代作家であるキニャールの物語への執着はよく知られるところである。ではキニャールはなぜ物語にこだわるのか。まず、物語というものは意識の産物である小説とは異なり、むしろよりプリミティブで無意識に近いところで作られている。また、物語とはたくさんの語り手たちにより共同して作られたもので、作家性に乏しく匿名性が強い。作家性の強い小説とは一線を画するのである。

 近代小説が確立されたとき、それは特定の作家の意識の構築物であった。キニャールはその近代小説へと挑戦を試みる。作家性の破壊と無意識性への遡行によって、近代小説の前提を覆し、小説の新たな可能性へと接近しようと試みているのだ。それでありながら、文体はあくまでも緊張感のある硬質なもので、哲学的な切り口も随所に見られる。近代小説と物語との往還、そこから生み出される何か新しいものへとキニャールは向かっているかのようだ。