言葉を失う女性と視力を失うギリシャ語教師との物語。女性は言葉だけでなく自らの子供も裁判で失ってしまうし、教師はかつて親友を失っている。とにかく喪失の物語だ。我々は存在が完全であることにより自尊心や幸福が支えられている。存在が完全であることが我々の基盤であるのだ。その基盤が崩されることによる痛みを、詩的な文体で扇情的に描き、読んでいてとても痛々しい。痛みの物語をふさわしい文体で書いている。
人生において喪失と獲得は大きなテーマである。たいてい喪失と獲得がそれほど大規模でなくバランスを取りながら推移していくものであるが、本作ではそのバランスが崩れ、とにかく大きく喪失するその痛みがこれでもかというくらい書かれている。人間の存在の条件としての存在の完全性の重要性を改めて認識した。