albatros blog

広田修の書評とエッセイ

上田岳弘『引力の欠落』

 

 壮大で緻密な哲学的構想に基づく作品。上田の観念的な作品構築能力は健在であるが、上田の作り上げる構造体は多様な解釈に開かれている。世界がいくつかのクラスターで形成されているが、そのうち引力の担当者が欠落していることにより世界が分散の危機に瀕しているというのが大筋である。だが、これは人間と世界とのかかわりあいの比喩ではないだろうか。

 我々は一人一人が平凡であり、誰かひとり欠けたところで世界の大勢には影響しないと普通は思っている。だが、我々はほんとうは世界を複雑に構成するかけがえのない部品であり、我々の一人が欠けることによって世界は変貌を迫られるのかもしれない。我々と世界は実はそのくらい直接的にかかわっており、これだけ大勢いる人類が実は一人一人世界を左右するようなかけがえのない構成部品なのかもしれない。人間は、たとえどんな人間であろうとも、世界と相互作用しており、世界とじかにかかわり世界の動きを左右しうる存在である。そんなことを比喩しているように思う。