albatros blog

広田修の書評とエッセイ

上田岳弘『旅のない』

 

 コロナウィルスのパンデミックは経済的な停滞を生み出した。本書はパンデミック下で書かれた短編を収めている。コロナによって人々は通常の活動を自粛することを要請された。だがそれは、ある意味人々に休息を与えたのかもしれない。絶えず活動し進歩していく社会、その一コマとして我々は仕事をしている。だがその活動が停滞した時、人々にはある種の安らぎが生じた。作家にとってそれは何よりも内省の時間を生んだだろう。

 本書では、上田が過去作で用いていたモチーフが改めて取り上げられ、丁寧に扱われているが、それはこのパンデミック下でこそ可能になったものなのかもしれない。全編にわたって余裕が感じられ、いつもの上田の作品の焦燥感のようなものが感じられない。例えば神の視点から物事を見るというモチーフや、友人が目の前で睡眠薬自殺を試みるというモチーフ、これらは上田の過去の作品に見て取れるが、そういう上田にとって大事なモチーフが再び丁寧に扱われている。このような余裕のある上田岳弘も好ましい。