albatros blog

広田修の書評とエッセイ

アンナ・カヴァン『氷』

 

氷 (ちくま文庫)

氷 (ちくま文庫)

 

  作品世界が極めて美しい。美しい傷ついた少女と、彼女を愛する男。男は少女を求めて氷に覆われ滅びゆく世界を旅する。ガラスのように壊れやすく繊細な描写には息をのむほどだ。

 本作品にはカヴァンの精神世界がそのまま投影されているように思える。少女への執着は、カヴァン自身の執着の強さを投影しているだろうし、氷に覆われていく世界は彼女の極寒の精神状況を投影しているだろうし、世界が終局するのも彼女の破滅への欲望を投影しているだろう。いわば、ここに提示された世界はカヴァンの内面世界を比喩的・具象的に投影したものであって、その儚く厳しく美しい精神世界のありように慄然とさせられる。この作品はまともな精神状態ではなかなか書けない。カヴァンのようにとことん追い詰められて絶望していないと書けないと思う。