albatros blog

広田修の書評とエッセイ

石沢麻依『貝に続く場所にて』

 

 全編にわたって、3.11の大震災による心の傷によって彩られている。そして、作品は新型コロナウィルスという再びの大災害が襲い掛かるドイツのゲッティンゲンにおいて展開される。生活の様々な断片に大震災を思い起こすトリガーがあり、著者の傷がまだ十分に癒えていないことがわかる。そして、著者の傷は独特の深みのある文体を生み出している。著者の外界を見る描写は固着的で深みをえぐるような書法をとっている。大震災の傷による深くえぐられた心は、逆に外界を深くえぐり返す。

 作品にはこれといった劇的展開はないが、それよりも著者の描写自体がスリルを持っていて、その描写のスリル、批評的展開、そういうものが一種の劇のような効果を伴っている。結局、大震災を超える劇はなかったということである。そして、大震災の傷が普段の外界を見る目にも微小な劇を生み出し続けている。久しぶりに文学の香りを強く感じた味わい深い小説だった。