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広田修の書評とエッセイ

プリーモ・レーヴィ『休戦』

 

休戦 (岩波文庫)

休戦 (岩波文庫)

 

  著者レーヴィが、アウシュヴィッツ収容所から生き延びて、故郷のイタリアまで生還する一連のドキュメント。舞台はナチスが撤退したばかりのヨーロッパであり、戦争という暴力装置がいまだにその魔の手を解除していない状況下にある。戦争で傷ついた人々、収容所や軍隊、焦土の上をレーヴィは帰還するのだ。

 その道行は決して容易なものではなく、レーヴィは度重なる病苦にさいなまれ、先行きも不安なまま、それでもそこに生きる人々を冷徹な目で観察する。ここに見える人間模様は一種の地獄絵図であり、この世ならざるもののように思える。レーヴィもまたアウシュヴィッツのトラウマを背負ったまま、傷がいえることもなく恐怖や不安にさいなまれながらの旅行きである。

 最終的にイタリアに到着しても、レーヴィにとってこれはあくまでも夢に過ぎず、現実として認識できるのはアウシュヴィッツの朝の掛け声のみであった。戦争というものが個人や社会に及ぼす甚大な負のエネルギーを生々しく描く渾身のドキュメンタリーだった。