albatros blog

広田修の書評とエッセイ

ポール・オースター『オラクル・ナイト』

 

オラクル・ナイト

オラクル・ナイト

 

  ポール・オースターの作品は初めて読んだ。物語の主要な筋としては、事故にあって回復途中の作家がまだ健康を取り戻していないのに妻が妊娠して出産をどうするか葛藤がある。その後妻は暴行を受けて出産はなしになる。そういうものであるが、そこに青いノートに書きつけられる作中作や、その作中作の中に現れる「オラクル・ナイト」という手稿、または映画の脚本など、他のストーリーが入れ子上に挿入されてくる。複数のストーリーを行ったり来たりしているうちに、読む者はだんだん迷路の中をさまよっているかのような感覚に陥る。テクストの入れ子構造という迷路を、丁寧でディテールに富んだ描写とともに歩いていく。

 気取らず飾らない文体でありながら工夫に富んだ作品だった。読んでいて次はどんな風景が広がるのかというスリルを味わえたので楽しめた。結局、作家が書いていた作品も未完だし、「オラクル・ナイト」についてもよくわからない。伏線は伏線のまま物語は終わる。物語の中をさまようスリルに満ちた作品だった。