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広田修の書評とエッセイ

モーシン・ハミッド『コウモリの見た夢』

 

コウモリの見た夢

コウモリの見た夢

 

  本作は、パキスタン出身の主人公がアメリカの有名コンサルに就職しながら、心に傷を抱えた女性と不毛な恋愛をし、そうこうしているうちに9.11が起きて故郷パキスタンの政情が悪化してきて、主人公はアメリカの会社を辞め故郷に戻るというストーリーである。

 本作はかなり胸に迫る力を持っている。やりがいのある仕事に熱中すること、激しい恋愛をすること、そして恋の相手の死、また故郷の苦境に伴う自らの身体の危険、そういうものが生の表層ではなく生の深層で起こっているのである。だから、本作では主人公の恋愛と9.11以降のパキスタン政情が一見無関係なように描かれているが、そのいずれもが主人公の深い部分を揺り動かし、生をおびやかし死が顔を出すという点で同次元の出来事であるように思われる。本作は深い人生経験が反映されており、その意味でこちらに訴えてくる力も強いのである。