武蔵野を舞台に繰り広げられる愛欲劇。人妻の道子はいとこで復員してきた努と恋愛関係になる。そのほかにも道子の夫秋山が人妻の富子と不倫をしたり、登場人物の恋愛心理は複雑に綾なしていく。
この小説は「恋愛の権利」あるいは「恋愛の自由」について書かれたもののように思われる。もちろん、恋愛心理の揺れ動きを微細に追っていくだけで面白い心理劇は出来上がるのだろうが、その背後にある問題系として人間の恋愛する権利の問題があると思う。
道子は努と相思相愛になりながらも体までは許さないし夫との離婚にも応じない。ここには恋愛の自由と恋愛をめぐる制度との葛藤が見て取れる。一夫一婦制や結婚の法的拘束力をめぐる葛藤が如実に表れている。そもそも結婚によって一組の男女が永続的に結ばれるということ自体が困難なのかもしれない。そのような射程の広い作品だと思った。