いつもとは毛色の違う本を一冊。本屋大賞の本だと知っていたら借りなかったと思う。いつも純文学ばかり読んでいると、こういうライトな本はとても物足りない。私が思うのは、大衆文学と純文学の違いはどこにあるのかだ。例えば、こんなにたくさん事件が起こって人が死んでしまえば、私はそれだけで白けてしまう。文学による感動のつくりかたが、大衆文学と純文学では違うのだ。
大衆文学は理解するのが容易で、その分解釈の厚みのようなものが少ない。解釈の厚み、読んでも呼んでもわからないという不可知性、そういうものが文学の味わいを作るのだが、大衆文学はもっと違った読者への訴求の仕方をとる。読書レビューサイトを読むと、芥川賞は苦手だという人がたくさんいる。ライトノベルを耽読している人がたくさんいる。私はその人たちとはたぶん感受性が異なるのだと思う。それは分からなさや難解さに耐え得るかどうかの違いだと思う。
