古井由吉が最晩年に書き綴った遺稿のような作品集。あいかわらず丹念な日常描写の中に、突如異次元が入り込むような小説世界のつくりかたをしている。本作では、日常の出来事の中でふと思い出された昔の文人のことばをよすがに時空間に広がりを持たせており、作品の文脈を大きく広げている。日常世界の中でのひらめきを、昔の文人のことばの連想という形で示している。
時間的にも空間的にも隔たったところにある言葉を想起することで、小説世界に時空間的な広がりを持たせる。そしてそこに文脈の複数性を持たせる。そうしたうえで、小説世界を広げたところで日常世界が再解釈される。その再解釈が施された日常世界は全く異なる相貌を見せる。このような異次元のひらめきが小説世界に果たす効果はとても大きい。