albatros blog

広田修の書評とエッセイ

川上弘美『某』

 

 一人の人間でありながら、姿かたちや心まで違う別人格に何度も生まれ変わる人々の物語。それを人間と呼べるかどうかはわからないが、そのような生き方をする生物が多数存在する世界の話。この小説は、別の人に生まれ変わるというそういう肯定的なニュアンスよりも、むしろ過去の自分を失ってしまうという喪失の物語なのではないだろうか。生まれ変わりというよりもそれは一つの死なのであって、次々と人格を変えていく登場人物は、そのたびに一度死んでいるのである。表面的には生き続けているように思えるが、過去の自分を喪失した痛みをひしひしと感じる。

 これは、人間が普通に成長していく場合にも起こる。確かに大人になることを肯定的にとらえることもできる一方、それは過去の子ども時代の喪失なのであって、あるいは青春の喪失なのかもしれない。人はただ一つの人格を生きていく中でも変化し、過去の自分を失っていく。そのような喪失を比喩している物語なのかもしれない。文体は柔らかく読みやすい物語だった。