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広田修の書評とエッセイ

川上未映子『夏物語』

 

 無駄のない筆致で描かれた人生の詩情を感じさせる作品だった。現代日本の停滞して閉塞している状況の中で、みんな不幸ながらにひそやかに生きている。そのひそやかな生きざまに宿る美しさ、切なさ、そういうものを感じさせてくれる作品だった。人生というものは、このように不幸に生きる者のものであっても、そのものとして美しい。その人生の原初的な美しさに迫る小説だと言っていい。

 主人公は売れない小説家だ。ホステスの家系に生まれ、姉や姪もそれなりの苦悩を抱えながら生きている。主人公がやがて出会う医者も、人生が決してうまくいっているとは言えない。だが、この「うまくいっていない」ことこそが人生のデフォルトなのだろう。そしてこのいびつさ、不幸さ、そういうものが人生のデフォルトとして極めて美しい光を放つ。この小説は、人生の折々に宿る詩情を巧みに描き切ることで、人生そのものが本来詩的で美しいものだということに気付かせてくれる。優れた小説である。