人が生活していく中で出会う、矛盾・軋轢・違和について書いている小説。とはいっても、何らかの政治的信条への違和とか、所与の労働環境への違和とか、目標達成の際に生じる軋轢とか、そういった近代小説的なモチーフは用いていない。この小説には大きな物語が存在しない。すべてが水平的で等価な世界で、それでも他者や他の価値観につまずく、その小さなつまずきの集積を書いている。あるいは、その小さなつまずきを撃ち落としている。
だから、書いているタッチや書いている内容はとても軽いのだが、読み終わってみるとどうやら一筋縄ではいかないな、という重厚さが残る。このような形で形成される小説の重厚さはとても新しい。私たちの生活も、振り返ってみればたくさんのちいさな矛盾・軋轢・違和で形成されている。私たちは割とそれを隠蔽しがちだ。それをくっきりと暴いてくれるという意味でもとても面白い作品だと思った。