albatros blog

広田修の書評とエッセイ

阿部和重『無情の世界』

 

 阿部和重は本作品でかなり極端に行動的で破壊的な人物群を描いている。社会規範に反した暴力的な行為を平気で行う者たち。だが、ここでは社会規範というよりも己の内なる規範である超自我をいともたやすく破壊しているように思われる。この人たちは超自我の働きが弱いのではないかと思わせるぐらいに。

 だが、我々読者は超自我に監視され、やりたいこともやれず息苦しい生活を送っている。何かをやろうとしても超自我がストップをかける。このプロセスはあまりにも自明化していて、自分が超自我に抑圧されていることすら忘れてしまうくらいだ。

 阿部のこの作品は、日々超自我に抑圧されている我々に、超自我を破壊する爽快さを仮想的にも与えてくれる。登場人物たちの獣のような行為は社会的規範や内的規範でがんじがらめになっている我々読者の内的衝動を呼び覚まし、そういう規範を破ることの快感を再確認させる。だがもちろん我々は檻の中に閉じこもったままだ。さもないと別の権力的な檻にとらえられてしまう。