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広田修の書評とエッセイ

グリルパルツェル『ザッフォオ』

 

ザッフォオ (岩波文庫)

ザッフォオ (岩波文庫)

 

  古代ギリシアの女流詩人サッフォーに材をとった戯曲。ザッフォオは詩人として栄光を手に入れている。だが、自分が愛する男は別の若くて美しい女に恋をし、苦悶の末ザッフォオは自殺してしまう。芸術的栄光は恋愛という世俗的な問題を超越するものではなかった。芸術の世界と恋愛のやりとりは隔絶したものではなく、いくら芸術的高みにある人間であっても世俗の恋愛の悩みによって自殺してしまう。

 ここには芸術と世俗の対立というよりは、芸術と世俗の相対化が見られる。芸術といっても何か世俗を超えた高みにあるわけでなく、世俗の出来事によって動揺を受け、世俗的な出来事であっても芸術的な高みにある人間に十分打撃を与えられる。そもそも芸術的栄光も恋愛の栄光も等価であって、どちらかがどちらかを優越するものではない。美を生み出す者は同時に全き平凡な人間であり、平凡な人間が美を生み出しているのだ。