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広田修の書評とエッセイ

上田岳弘『キュー』

 

キュー

キュー

  • 作者:上田 岳弘
  • 発売日: 2019/05/29
  • メディア: 単行本
 

  上田のこの小説は、超越と包摂を主要なモチーフとしている。第二次世界大戦を中に持っているという女は第二次世界大戦を超越したうえでそれを包摂しているし、最終的に人間が到着する一人の脳内にすべてが含まれるという状態も、個の超越とその包摂である。この小説では科学者が包括的な理論を発見しそれによってすべての現象を説明するように、超越への運動と包摂という働きが見て取れる。もしくは、哲学者が形而上学を展開するように。

 小説の作りとしては多様な語り手が微細なエピソードを積み重ねることで成立しており、あたかも数学の長大な論文が一つ一つの小さな数式で成立しているかのような趣を見せる。小説の世界観も、その微細なエピソードによって少しずつ明かされていき、やがて全体像が見えるようになる仕組みである。超越の運動や包摂の働きというのはこのような細かく地道な運動によってはじめて実現されるのだろう。