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広田修の書評とエッセイ

ジョセフ・オニール『ネザーランド』

 

ネザーランド

ネザーランド

 

  本小説は土地をめぐる小説である。9.11後、妻が住むことを拒んだニューヨーク、そして妻が息子を連れて帰ったロンドン、主人公の回想に現れるオランダ、それぞれの土地がそれぞれの意味合いをしっかり持って立ち現れている。ニューヨークはテロの危険がある一方、主人公の仕事場があり、またクリケットができる。ロンドンでは家族に会うことができる。オランダは美しい思い出の場所だ。それぞれの土地がそれぞれの情緒的な意味合いを持ち、主人公の心を動かしていく。

 9.11の恐怖により、主人公の妻は別居を選んだ。9.11とその後のイラク戦争は家庭内のイデオロギー闘争を巻き起こし、家庭を崩壊させた。政治的な価値観が家庭を引き裂くということに恐怖に近いものを抱く。いかにうまくやっている夫婦であっても、政治や宗教のイデオロギーでは引き裂かれうる。その事実が端的に恐怖を催す。この小説は、家庭的な喪失からの再生を描いているが、それにしてもこのように文学化されると、9.11のアメリカ社会への衝撃の大きさに改めて気づかされざるを得ない。日本の3.11と似たところがある。