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広田修の書評とエッセイ

武田泰淳『わが子キリスト』

 

わが子キリスト (講談社文芸文庫)

わが子キリスト (講談社文芸文庫)

 

  本書で武田は聖書に思い切った解釈を施している。キリストには実父がおり、それはローマ兵であり、そのローマ兵がキリストの伝説を作り上げるのに大きな役割を果たしている、という解釈である。

 思うに、解釈には「意味の解釈」と「存在の解釈」がある。意味の解釈は言葉の意味についての解釈であるが、存在の解釈はある存在があるかないかという解釈である。そして、存在の解釈によってそれまで存在しないとされていたものが存在すると解釈されると、そこでは当然その新しい存在と他の存在の取り結ぶ新たな関係性が浮かび上がり、同時に意味の解釈も迫られる。

 本書では、キリストをマリアに孕ませたローマ兵の存在が解釈によって付与されることにより、そのローマ兵と様々な登場人物との関係が大胆に作り出され、聖書の様々なエピソードの意味合いがドラスティックに変化している。新しい解釈を提示する際、存在の解釈を用いるのはなかなか賢い方法なのかもしれない。