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広田修の書評とエッセイ

川上弘美『なめらかで熱くて甘苦しくて』

 

なめらかで熱くて甘苦しくて (新潮文庫)

なめらかで熱くて甘苦しくて (新潮文庫)

 

  本短編集で川上は人生を感覚的に語っている。それこそ、人生とはなめらかで熱くて甘苦しいのだ。人生といっても主に生死や性愛のことであり、そこに宿る必然のようなものをとらえたとき、それは人の肌のように滑らかで、人の体温のように熱く、人の情熱のように甘苦しいのである。とはいってもここで人生の感覚を語っているのはむしろ人生そのものであり、人生が自らを感覚的に語り出しているかのような印象を受ける。「なめらかで熱くて甘苦しい」という形容詞は誰にでも語りうる、主語を指定しない語りであるように思われる。

 もちろん、人生とは生死や性愛の感覚のみではない。そこには思想もあれば生硬な制度もある。そういったものを総合したものはこの小説には見られない。だが、生きられた大切な時間、より生理的で根本的な時間はやはり生死や性愛の感覚に宿るのだろう。上品な筆致で描かれた一つ一つの短編はどれもさわやかで繊細な味わいがする。