albatros blog

広田修の書評とエッセイ

アントニオ・タブッキ『インド夜想曲』

 

インド夜想曲 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

インド夜想曲 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

 

 失踪した友人を探しにインドにやってきた主人公。という設定ではあるが、沢木耕太郎深夜特急』にも似た感じの紀行文的文体である。インドの風物、そこで出会う人々、それらはインドという深い海に漂う魚たちのようである。主人公はインドという広大な海に飲み込まれたかのようだ。断片的で謎めいたインドの風物はエキゾチックでありながら哲学的であり、詩的でもある。

 最終的には主人公こそが失踪している本人であり、しかもしれは主人公が書いている本の中の出来事であることが示唆される。主体と客体との逆転、メタフィクション的な意匠を感じるわけであるが、それにしても何が真実であるかはわからない。すべてはタブッキの淡い夢の中の出来事に過ぎないのかもしれない。いろいろと謎めいていて、読者を惹きつけてやまない独特な魅力のある本である。